[Review]: ホームレス入門

『ホームレス入門―上野の森の紳士録 (角川文庫)』 風樹 茂

学も資格も専門技術ももたない自分には、刺激的すぎ。ドロップアウト時代に若気の至り+興味本位で難波の地下街で日がな一日寝て行き交う人を見つめた記憶が蘇る。

著者は、1956年に生まれ東京外国語大学スペイン語学科卒業後、中南米の専門商社、ODAプロジェクト、シンクタンク、研究所勤務をへて2000年にリストラ退職。

リストラされた著者が、上野公園の住人(=ホームレス)のある老人に声をかけるところから始まり、やがて老人を通じてほかの住人たちとの交友関係がひろがっていく。そして、住人や上野公園での出来事を、筆者の視線からまとめたルポタージュ。ホームレスたちの群像劇。

登場人物は、ディープなインプレッションを与えるキャラクターの持ち主ばかり。ざっと例をあげると

  1. 農林大臣に表彰された元植林業者
  2. 好きでやっている青年修行僧
  3. 元銀行マン
  4. 元デザイナー
  5. 東京大学大学院卒業のホームレスあがりの牧師

すべて過去にひとかどの人物になった人間たち。このあたり、作意がわきすぎている感がある。それでも、ホームレスと上野公園の多種多様な実態に、どんどん読み進めていった。

  1. 上野公園に「ホームレス」がいるという実態を皇室に知らせないため、近辺を訪問されるときに強行される「山狩り」
  2. 吹き出し、住居、仕事の提供をするのが、日本の寺ではなく、韓国系のキリスト教会
  3. ホームレスに仕事を紹介する手配師
  4. あき缶や段ボール売り以外に古本や銀杏の販売
  5. 争議団や台東区福祉関係部門、上野公園を管理する事務所の実態

など上野公園にまつわる話が、軽快なタッチで描かれている。この1冊の中に、社会学、経済学、政治学、哲学などの視点が含まれているが、ある一言が象徴しているように思える。

「日本の宗教は武道の宗教ですよ。むしろ自分個人の解脱のためだから、他人を助けるという目的はないですよ。こっちが逆に托鉢するんだから、ぜんぜん逆。日本じゃ、働かざる者食うべからずの精神ですから」

登場人物のひとりである、「自分が好んでやっているどこの宗派にも属さない青年修行僧のホームレス」の言葉。まさしく、そのとおりだと頷いた。確かに、「働かざる者食うべからず」。一方、容赦なくおそう現実も存在する。

「40歳以上になると、就職の可能性が極度に減少する」という事実。働く気があれば、何でもできるという意見が衆寡適せずであることは百も承知。ただ、「とりたてて何か能力を持っているわけでもない人間」には、予想以上に”壁”は高いもよう。

これはかなり堪えた。自分もその「とりたてて何か能力を持っているわけでもない人間」に属するから。例えば、ウェブサイトを素人より理解していて、学士程度の知識を有し、人並みの対人能力が備えようが、そんなものはいくらでも代わりがいる。肝に銘じなければ。

他にもこの著者の特筆すべきところは、巻末に「【資料編】ホームレス技術・政策提言」として、

  1. ホームレスにならないために
  2. ホームレスにならざるを得ない場合
  3. ホームレス問題解決に向けて
  4. ホームレスの方、民間援助団体の方へ
  5. ホームレスじゃない方々へ

具体的処世術や政策を掲載している。自分が万が一、ホームレスになりそうな場面にそなえて参考にさせてもらった。

最後に、この著書からだけの筆者に対する私的ファーストインプレッション。文学・哲学の造詣が深く、高い識見をもっているような。ただし、多少ヒューマニズムに偏っているところがあり、総じて、司馬遼太郎のいうところの

「圭角と傾斜と破綻があるがゆえにいつも自分の真実をむき出してきたのか、それとも自分の真実を剥きだしてしまっているがために圭角ができ、傾斜ができ、破綻ができたのか、その相関関係はよくわからない」(司馬遼太郎 『龍馬がゆく(八)』 p.39 文春文庫)

のような人ではないかと思う。

当然ながら、私的ファーストインプレッションとリストラ退職との相関関係は不明。