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教育の階層化や二極化を愚考してみた

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アメリカ最強のエリート教育を読んで、漠然としたことを書きつづってみたくなった。もともと論理的思考が皆無なところに輪をかけて、晦渋な文章になることをご容赦願います。

まず、「教育の再分配」という言葉の定義があるのか検索してみたら、特にあるわけでもなかった。むしろ調べていくと、「カエルの子はカエル」という世代間継承性が高い世の中になっていることがわかってきた。

例えば、「東大生の半数は親の年収が1000万円以上」とよく指摘される。数字のレトリックはさておき、この調査結果には世代間継承の本質を含んでいると思う。

世代間継承を解説している社会学の佐藤俊樹先生は、「上級ホワイトカラー(専門職・管理職)が教育を通じて同じ階層を再生産している」と警鐘している。さらに、こう述べている。

東大に入ったら教師や官僚や大企業社員の息子ばかりだった、大学院に入ったら大学教授の子弟ばかりで驚いた

以前、「京都のある地域の路線価が異常に高い」と先輩から聞いたので、原因を考察すると、「その地域の小学校の評判がよい」ことがわかった。30代-40代前半の方々がこぞって引っ越してきて、住宅も即日完売だそうだ。

良好な環境下で良質な教育を子どもに提供して、同じ階層またはそれ以上の階層を再生産する「階層化社会」が1980年代頃から生まれはじめ、最近では「希望格差社会」の到来ともよばれる。

これらの社会に移行していくコトを、「善し悪し」で論じるのは不毛。もし、論じるなら、スキームの問題解決について提言できればいいし、自分もそれに参加できるだけの識見をもちたい。

お門違いを承知で例を挙げると、「京都の一見さんお断り文化」を理解すれば合点がゆく。「自分たちが苦労して築き上げてきた文化を守り、既存顧客に精一杯のおもてなしをする」ため「素性の知れない異質」を取り入れない。しかし、進化のために「素性の知れた異質」を取り入れる。千年王城の地と言われるゆえんです。

戦後の画一的教育が問題か

ここ数年「戦後の画一的教育が問題だ」という主要が耳目をひく。私はそれに与しない。敗戦後に官僚が考えた最優先課題は、「復興」だと思う。そして資源のない日本が、復興に必要な要素の一つは「労働力」だ。さらに人口が少ない日本には、ばらつきのある労働力ではなく、ある一定の労働力が求めらる。だから国が主導して「識字率100%の教育」を受けさせたと理解している。

その労働力を受け入れた企業が、特定の分野で世界一の技術力を備え、労働力を余すところなく活用した結果、現在の姿があるわけだから、否定する気にはなれない。

過去に成功した人々が、もともと誰もが持っている防衛本能や相続・継続本能を「教育問題」で姿を見せはじめたからと言って驚くことはない。ただこう書くと、「それでは子どもが進路を自分で選択する自由はどうなのか?」と意見されるけど。

"再生産できる層"と"できない層"の二極化が進行するなかで、問題は制度や仕組みではないか。私見を3点あげるけど、幼稚なレベルのうえ問題解決への糸口を提言する識見を持ち合わせていないので、批判は遍く享受したいです。

  1. 教える側の人材育成期間
  2. 学校の運営方法
  3. 奨学金制度

1. 教える側の人材育成期間

仮に私が教師ならば、受けたことのない「ゆとり教育」をお上からやれと言われても混乱するでしょう。それでもプロならば、研究・実践・適応していくように求められるかもしれません。が、酷な話かと。

過去の教育体系を再構築した場合、「再構築された教育体系」を初めから受けてきた人(現行制度では6-22歳)が、教える側になったときにはじめて効果が現れるのではないかな。もし、それまで待っていられないのなら別の方策を講じる必要もあろうかと。

体系が変更される都度、迷惑を被るのは国でも教師でもなく子ども自身。

2. 学校の運営方法

(昨年から議論されている「三位一体改革」に関連して)学校の運営方法は各自治体に委譲する方に賛成。財源も運営方式も含めてです。「もう国は制度の最適化に集中するから、あとは自分たちでやりなさい」と。

いきなりそういわれた自治体や公立学校も困惑するだろうけど、「良質な教育環境の提供に必要な仕方」を考えないと、この先五里霧中の状態が続きそうな気配もする。

それに、教育の成功モデルとして注目されれば、京都のように住民の流入増加が見込めるかもしれないし。ただ、問題はどう財源を確保するか、と、さらに必要な資金をどう調達するか。

資金調達は、寄付金控除の税制を改正して「寄付環境」を整備してみては。税金を払うより、寄付をしてそれを節税に活用する方式ですね。ただし、日本は「寄付行為が評価されにくい文化」だから、浸透するかどうかは疑問符つき。制度と文化はよりそったほうがいい面も。頼りは、節税へのインセンティブかな。

3. 奨学金制

「再生産できない層」について感じる。と言うのも、中学時代のツレを話すと、「子どもの教育に関心を持たない」親になっていることに驚いた。地元の地域性も相まって。

それでも今も昔も変わらず、「借金してでも、財産を売ってでも子どもに勉強させてやりたい」と思う親御さんはいるし、それを支える奨学金制度や民間企業の投資的融資制度は利用すればと思う(請け売り的思考です)。

米国ですら「機会平等」が公平に機能しているかどうか疑わしい。ましてや試行錯誤している最中の日本ではなおのこと難しいけど。こちらも寄付金控除とタイアップしてほしいところ。

今回は、自分でもエントリーしながら、「門外漢がこんなこと書いちゃいかんなぁ」とひとりごちている。それでも、この問題だけに関わらず、バブル崩壊後就職超氷河期時代に社会人になって問い続けながら生活しているのは、

「常にどんな時でも、自分はどちらの側(すでに中間は期待もしないし、なるつもりもない)にいるのか? そして、それに対する備えは何か?」

ですね。今回も、また同じ結論かな、今のところ。

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