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学歴の向こう側にある人のつながり

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希望格差社会を読みながら二つの記憶が蘇った。まずは一つめです。

大学三年生のとき、母方の祖父のもとへ進路相談にいったときのこと。手前味噌だけど祖父は、灘高→京大→旧大和銀行と歩み、最終ポストは監査役(のはず)。その後、勇退して某信用金庫の理事長を数年勤めた人。とても厳格で深慮深く、孫に対しても腹蔵のない意見を述べてくれる人です。まぁ、今は悠々自適の好々爺ですが。

自分が金融業界へ就職したいので、どこがいいだろうかと相談したのだが、けんもほろろにあしらわれた。曰く「止めておきなさい」。理由は3つ。

  1. あなたの出身大学では、将来の出世が見込めない。
  2. それならば、自身の才覚で立身できる業界へいきなさい。
  3. なによりも、銀行が倒産する時代が到来する

1.については、学閥・学歴主義が浸透している業界なのだと教えられたし、2.こそ男子たる本懐ではないかと激励をうけた。そして、何より驚いたのは、3の「銀行倒産時代」だった。そんなまさかと思っていたけど、就職活動の最中である1995年8月30日に、"木津信用組合の業務停止命令"と報道された。その後は、言わずとしれた金融危機時代へと突入し、次々と銀行が倒産していった。

物事を巨視的にとらえ、どのような時代がせまってくるのかを自分なりに仮説だてていく力をまざまざと見せつけられた瞬間だった。それに、2の男子本懐という激励は、終身雇用が崩壊することを言いたかったのかもしれないと、今でこそ思う。

いずれにせよ、祖父の力に強い衝撃をおぼえ、少しでも祖父のような千里眼を身につけたいという一心で今もやっているけどね。

さらにその時、同時に質問したのが、「学歴社会とは何ですか?」。

祖父の答えは、「学歴の向こう側にある人のつながり」。

「東大や京大を卒業したから偉いわけじゃない。。企業が重視するのは、その同窓生がいずれ就職先企業の幹部や指導者になったときの"つながり"なんだ。だから、反対に言えば、それらの大学を卒業していても、人とのつながりをもてない資質の人間は必要ないんだ。」

勇退してからも、OB会やコーラス会、旧大和銀行の会合や旅行、ゴルフと週7日のうち5,6日は外出している私より多忙な祖父の言葉に、とても重みを感じた。

就職活動中、銀行に続いて、まさにそのつながりを友人から教わった。大学時代だけのつきあいだったけど、その友人は、政府系金融機関の最終面接までいった強者だったんですね。もう、私の出身大学もその金融機関も上を下への大騒ぎ。

その友人は、「独学で英検1級を合格して英会話に堪能で、独学で日商簿記1級を合格して何やら企業財務のアルバイトをし、独学でイラストレーターになって絵本を出版したりと(まだまだある)、なぜこの大学にいるのか到底理解不能で強烈な奴。」

その友人曰く、「最終面接がオレ入れて3人でな。右が東大・左が阪大やねん。めっちゃ気持ちええで。面接官もめんくらっとるし。せやけどあかんわ。面接受けてて、やっぱり東大卒の人脈にはかなわんな。」

最近は、「学歴社会が問題だ」なんてシュプレヒコールをそれほど聞かないけど、わたしなんぞからすると、「学歴」は正直うらやましいかぎりですね。それに、そこまでたどり着くために勉強してきた努力も想像を絶するだろうし。

あとは、「人のつながり」を教えてくれる人が、自分のそばにどれだけいるかが問われるのじゃないかと思う。

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