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現代の「方丈記」

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『山谷崖っぷち日記 (角川文庫)』 大山 史朗

“自ら人生を降りた”著者が、「山谷」という奈落に生きる人間たちの生活と心根をつぶさに観察して綴った物語。

「山谷(さんや)」とは、常磐線南千住駅を下車して徒歩10分ほどの地域のことをいい、地図でいえば東京都台東区の北部と荒川区の一部を指すらしい(関西人なんで…)。ただし、地図には「山谷」という地名は存在しない。高度経済成長期からバブル崩壊後の1.2年ぐらいまで、土木・建設業の労働市場として機能していた。「山谷」には、その市場に従事する人たちが利用する「ドヤ(宿を逆さまから読む)」と呼ばれる簡易宿泊所がある。

筆者の大山史朗氏は、1969年公立大学経済学部を卒業後、77年30歳で大阪西成区釜ヶ崎の労務者となった。その後33歳で上京。幾多の職につくが甲斐なく、「つまるところ、私は人生に向いていない人間なのだ」という結論をだし、40歳で再び労務者生活にもどった。その時にやってきたのが、「山谷」だった。

筆者が利用した簡易宿泊所(ドヤ)は、たたみ一畳分のほどの大きさの2段式ベットがある共同部屋。まさに、「座って半畳、寝て一畳」の禅僧のような生活空間に身をおいた。

一部屋あたり、おおよそ6-7人ぐらいでの共同生活。たたみ一畳分の生活空間を「快適で広すぎる」と表現し、共同生活で発生する”音”や”臭い”を独特の文体で淡々と描写していく。そして描写の裏側で考える人生観について漢語的表現をおりまぜた文語調で書いていく。それが第一章とも言うべき「山谷のドヤ街でベッドハウスの住人になった」の内容。

その後、山谷について赤裸々に、でも静かに告白する調子で物語はすすんでいく。その内容を3つの側面から捉えているように、自分は感じた。

  1. 労働センターにまつわる労務者について
  2. 土木・建設作業と日常生活について
  3. 山谷住人がくりひろげる群像劇について

そして最後に「人生を総括して少しもおかしくない年齢になった」と題して、自己内観の様子を静謐にしたためていく。その内容は、フィロソフィーを漂わせるかのようで、ある種ハイブラウな感覚に読み手の自分を引き込んでいった。なかでも印象にのこったのは、

山谷における重要な階級差の境界は、住居の有無ではないと思う。では、それは何かといえば、私は食べ物を漁るか否かだと思う。住まいがないのと、食べ物を漁るのとでは、明らかに惨めさの程度が違うのである。山谷崖っぷち日記 大谷史朗 角川書店

さらにもう一つ。終わりにしてこの物語の最高潮の場面だと自分は思った。少し長いけどご了承を。筆者の素養が垣間見られると同時に、慟哭にふれたような気がした。

私は西成で三年、山谷で十二年、都合十五年間の労務者生活を送ってきたわけだが、その私の眼には、世の中の底辺にあるはずだという人間の気高さや美しさを見出すことはできなかった。山谷住人のマジョリティの姿は、私の何年間かの一般市民社会での見聞と照らしていえば、一般社会の住人と同じ程度には気高くもなく美しくもなかった。山谷住人の陋劣さは、一般市民社会の住人の陋劣さよりも洗練と多様性に欠け、はるかに単純で露骨だった。無知と卑屈と傲慢の三位一体を体現したような人々とは、腐るほど出会ってきた。知識それ自体にはさほどの意味はないのだろうが、知識を手に入れる過程で身につく教養なるものは、なるほど重要なものなんだなということが、これら三位一体を体現した人々と接触するたびに痛感させられるのだった。山谷崖っぷち日記 大谷史朗 角川書店

頷くしかできないし、仮に何か腑に落ちない感情を山谷住人に持っていたとしても、思考をここまで表現する力は、自分にはない。だから奇妙な感動すらおぼえた。

感動した原因は、引用箇所の「知識を手に入れる過程で身につく教養なるものは、なるほど重要なものなんだな」という部分だとおそらく思う。

というのは、30歳を超えてようやく”「学ぶ」ことの大切さ”が少しわかってきて、試行錯誤していると、出会った人々にフト感じることがある。それは、自分の心の琴線に触れる人は、「凛とした雰囲気」を内から発散しているのではないかということ。

年上・年下の年齢は関係なく感じる。ただ、年輪をかさねられたほうがより大きなエネルギーを放出しているのは否定できない。

そしてその方々と話をしていると、ある共通項がある。それが、下線部分の「教養」なのかなといまのところ自分は解釈している。穏やかだけど力強く発散させる「何か」の裏側にはどれだけの修養を積んだのだろうかと惹かれてしまう。

修養を積んだ結果、「品格」や「品位」もしくは「品性」という言葉につながるのかと仮説をたてている。ただ、自分の中でこれらの言葉の定義が確立されていないから、今述べると誤解をあたえてしまうかな。だからここまで。情けないですが…..。

いつもながら、激しく脱線したので本題に(笑)。この著書は第9回開高健賞を受賞していて、巻末に四人の選評が八頁にわたって掲載されている。それらを読んでみるとこの作品が、傑出した隠世文学であり「現代の方丈記」と評価された理由がわかる。

ここまで拙劣な文章で紹介してきたけど、下手の横好きついでに勝海舟の言葉を「龍馬がゆく」より拝借して終わりにします。

坂本龍馬に西郷隆盛をどうみたかと尋ねたところ、

氏(龍馬)いわく、「われはじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る」と。
知言なり、と勝は大いに感嘆し、「評するも人、評せらるるも人」と。
(司馬遼太郎 『龍馬がゆく(五)』 p.274 文春文庫)

まさしく、「評するも人、評せらるるも人」の小説。

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