diary

柳田先生の『科学者になるには』を読んで思索した

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月ナル者さん経由で柳田充弘先生のBlogを知る。ただ、恥ずかしながらこのBlogを拝見するまで、尊名を存じ上げておらず。慌ててググった

開設からヲチしていて、まるで"ブログ通信講座"を受講している気分。なかでも「科学者になるには」のエントリーにぐっときた。秀逸な内容もさることながら、心地好く優しい文章。

先生は、読者の周囲に「科学者になりたい」という少年がいたら、是非一読してもらえないかという問いかけからはじめる。

先生がいう「科学者になるため」に必要なことは四つ。

  1. 好奇心を育てること
  2. お父さんやお母さんの家でのお仕事を手伝いましょう
  3. 教養を高めましょう
  4. 特定大学(エリートの意)へ進学する必然性は決してないが、大学院へは進学しないといけない

そのままプリントアウトして少年たちに読んでもらってもわかりやすいような気配り。それでいて理路整然とした説明。知性をそこなわず易しく説いていく。

なかでも2と3にただただ頷くのみ。手前味噌だけど自分は子どものころ、「買い物のお手伝い」が大好きだった。母親にしてみれば手伝いさせているのではなく、"躾"と"どう対応するか"の教育だったのではと、今にして思う。それに、今と違っていろんな意味で、子どもが一人でウロウロできた環境だったしね。

たぶん1年生ぐらいだったか、初めておつかいに行って、紙に書かれたとおり買い物ができたとき本当に嬉しかった。その後も調子に乗って意気揚々とチャレンジすると、希望の商品がない。あきらめてスゴスゴ帰ってくる。すると、

「他の種類がないか探した?」「店員さんに聞いた?」「なぜ、どうしたらいいか考えないの?」

と優しく諭された。買い物へ行く、道中に気をつける、商品を探す、会話をする、わからないことを尋ねる、代金を払う、おつりをもらう、買ったものをいたわりながら帰宅する。大人になれば当たり前のことでも、当時は遮二無二おつかいしていたんだろうねぇ。

おつかい以外では、「もう二人で行きなさい」と一言告げられ、四年生からは弟をつれて瓢箪山から難波まで近鉄電車にのって習いにいったフィギアスケート。運賃を払って電車に乗る、道中ぐずったりする弟を見守る、決まった道のりで目的地に行き、無事に帰宅するという作業が、どれほど大変だったか未だに憶えている。

本当にありがたいことだなぁって両親に感謝してもしきれない。そうやって躾けてもらいながら、外の世界にふれて育まれた感受性が、今の自分の礎になっているとやっとわかってきた。

やっぱり脱線してしまう(笑)。そうそう、柳田先生の続き。さらに3.の「教養を高めましょう」にも納得。

教養とは、自分の心と体の中にある「泉」と考えてください。一生泉から「興味という水」が湧いてくるような人生を送れればいいですね。科学者はこの泉が涸れたらおしまいです。大学の先生でもとっくの昔に涸れてしまったかたが非常に多いですから、要注意です。でも、一生泉のように涸れない興味を持ち続けるために必要なものが教養なんだなと分かったら、それで第三の資格が得られました。

「とっくの昔に涸れてしまった」というところに、先生の憂いがあるのか、それとも冷徹な眼で大学を見つめているのか、とか推し量ってしまう。裏を返せば、それだけ"大学"も「教養の何たるか」を伝える機能を喪失しかけているのかとも勘ぐってしまう。

ところで、「泉」の作り方がわからない人もいるのではないかとしばしば思う。かつての自分はそうだったし。掘りはじめたけど「泉」にまで到達できないもどかしさ、だから掘る途中であきらめてしまう弱さみたいなもの。それを先生は、

読書でも、音楽でも、スポーツでも、コンピュータでも、何でもいいです。興味を持ってることをどう拡げたらいいか分からなかったら、やはり誰かそのことについて偉い人にいっぺん聞くといいんだけれども。そういう人がいなければ学校の先生や近所の人に聞いてみるのもいいかもしれません。

と、導いてくれている。でも、悲しいかな周りにそういった人が少ない、もしくは出会わないことが多くなっているのかな?どうですか?

自分にとっては幸いだけど、両親と祖父母、今の仕事に携わるようになってから出会った方、そして大切な人のおかけで、「泉」をつくることができた。「興味という水」を涸らさないために泉を大きくさらに深くする方法をまだまだ探索しているけど、それでも涸れることはないというささやかな自負がある。

それには、正直、「お金」がいることも事実と認識しはじめた(泣。だから自分の場合は、「商いがあきない」なんて語源の洒落でガンバレル(笑)。ただし、同世代の"あの"お方のように「金がすべて」とまで宣えんけど。その前に、あんなになるまでの才覚なんて自分にないし(爆)。

まぁ、自分は自分の身の丈をわきまえてやりますよ。ただ、20年か30年か先!?もし地に足をつけていることができていたら、『「泉」から湧き出る「水」がいかにおいしくて、豊富な栄養を含んでいるか」を伝えられるようになっていたいな。

さて、自分がなんとか読めそうなこれをポチして、今日もがんばるか。

【追伸】
あーあ、やっぱり「自分語り」になってしまうなぁ。どうやったらもっと客観性を持たせられるんだろ?もっとオモシロイことや趣のあること、論理的なことが書けるんだろ?やっぱ、コンテンツがないと四苦八苦するな。もっと、時事問題やニュース、レビューを取り上げて訓練するか?ブログをやっていると、読み手とつながっているかもしれないと悦に入りながらも、時に襲われる不安。

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