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[Review]: 生きづらい私たち 心に穴があいている

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生きづらい<私>たち (講談社現代新書)

『生きづらい<私>たち (講談社現代新書)』 香山 リカ

帝塚山学院大学人間文化学部教授、サブカルと精神医学をつなぐ執筆活動で有名。1960年生まれ、70-80年代の青春期をサブカルにどっぷりつかった筆者らしい視点が特徴。カウンセラーの現場での経験から著者が感じた人(若者)について、精神医学の専門用語を援用しながらも、社会学的アプローチをこころみている。行きつけの旭屋書店プラッツ京都店で、フト目に飛び込んできて、目次のフレーズに脊髄的反射をして、同時に数冊購入したうちの一冊。

「もう生きているのがつらいのです。こんなの本当の私じゃない。すごく生きづらい。私なんか消えてなくなってしまえばいい」

って訴える人がいる。ところが、この人は、仕事の収入も友人の多さからいってもむしろ成功している人に近い。『患者』ではないように思える。だから、『診断』するのが難しい。従来の精神医学的見Ꮦり図で、若者をみることができなくなっているという。

  • 「診断」できない人たち
  • 第1章 満たされない私、傷つきやすい私
  • 第2章 いくつもの私、本当の私 ?
  • 第3章 最後の砦としての「からだ」
  • 第4章 自己回復のために
  • 第5章 「偶然」と「必然」

1-3章までが、従来の精神医学的見取り図を捨てて、筆者が代用している「三つの柱」の説明。

感情のままの衝動的、攻撃的な行動をとる「満たされない人、傷つきやすい人」の特徴(一部抜粋)

  • まわりからどう見えるかは別として、本人はとにかくつらく苦しく悲しい。
  • 居場所がない感じ、心の中に大事なものが足りない感じが強いが、具体的にはそれが何かわからない。
  • 自分を愛してくれる人、理解してくれる人がいないか、いても去ってしまうという孤独感、不安感にいつもおびえている。
  • 他人のことばに敏感で、やさしくされたと喜んだり、冷たくされたと落ち込んだりしがち。

あなたに合わせている私に疲れ、あなたの望む私の限界が、ある日突然やってくる。そのとき、感情を爆発させたり、激しい行動に走る。「パブリックとプライベートの顔」のギャップ。この二重性に周囲の人は気づかない。長くつきあって気づいて初めて驚く。

極端な両極性は、かつて精神医学の世界では、「境界性人格障害」というタームで解説できた。が、近年、”境界線”が、わかりにくくなっている。

外に見せている自分と素顔の自分をもっている人は、まだ「どちらも私」という意識をもっている。ところが、「どちらも私」の感覚が薄れていったり、持てない人がいる。それが、「いくつもの私、本当の私 ?」

精神医学では、「解離性障害」と呼ばれる問題に分類される。日本では、90年代頃から注目され始めた。そもそも「解離」とは、何か?ひらたくいえば、「たくさんの自分がいる」ということ。心の全部あるいは、一部が、本来もつべき「一つの自分、一つの心」の前提を崩壊させ、連続性や統合を失っている状態。

では、近年の「解離」の特徴は何か?「解離」ではなく、「解離的」人が増えているの傾向とそれがもたらす影響は?

そして、「三本柱」の三つ目が、最後の砦としての「からだ」。解離が自傷行為へと駆りたてるのは、なぜか?リストカットやオーバードーズといった自殺目的でない自傷がおきる現在。

まぁ、多かれ少なかれ心当たりのある人はいると思うし、現に、僕もそのうちのひとり。程度の差はあれね。ただ、本書に登場する人たちと僕との間に、”程度”以外の差(または違い、区別?)があるとすれば、何かって愚考すると…..、レビューとトークがごっちゃになりそうだから、例のごとく次のエントリーで(笑)。

香山先生が、本書で訴えていることのひとつをザックリしてまうと、「もうね、精神医学のタームで診断できないし、そもそも患者かどうかすらわからない人のほうが多くなっている。だから、どうしましょ?」って。それが、下記に集約されている。

「精神科医が病人だけを見ていればいい時代は終わった(中略)。精神医療者は今、病院の外の世界で新たな使命を担わされている」(同書 P139-140)

なぜ、この箇所を引用したかっていうと、私見として、本書は、精神医療者への提言と一般人への解説とごっちゃになっている感があった。共通項として、両者に対する具体的「解決策」または「処方箋」の叙述が不十分じゃないかなぁって思った。もともと、そんな目的で書いているテーマじゃないかもしれないけど。

というのも、香山先生自身が葛藤しているんじゃないかな。「生きづらい」と感じている若者と職業上の出会いを通じて、今の若者をカウンセリングし、時には世情や心理を考察しようする。でも、そもそも今の若者が、「生きづらい」と感じているのかな。希望格差社会といわれるように、生きづらいのではなく、「格差の絶望を受け入れるか受け入れまいか藻掻いている姿」かもしれない。

サブカルチャーに造詣が深い香山先生は、「モロ80年代」を他の著作で感じるわけで。なにより、80年代サブカルチャー若者的私感で、今の若者と当時の自分をオーバーラップさせて、理解できないと感じるのも当然だと思う。その結果、先の引用の言葉が絞りだされたのだろうなぁって、穿ってみた。

一方で、精神科医のエネルギーのかけどころの苦労や難しさが垣間見られた。あらためて千万無量の思いがわきおこる職業なんだなぁって。

まぁ、最後に読者側立場でノーガキるなら、目次を見て、「ピピッ」と何かきたら、症状というか事例というか、「あんな人、こんな人」の「私」が多数登場するので、自分とトレースすれば、その何かの原因をさぐる手がかりになるかも。

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