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不動産リテラシーの必要十分条件って?

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SAFETY JAPAN 2005「失敗できない時代の住宅選び」を一読して、合点がいった。「不動産」を捉まえるための第一歩を親切に説いている。

第1回目のコラムは精神論に終始、第2回目の住宅ローンが抱えるリスクに目覚めよ!から具体的な論を展開している。

不動産の世界は「情報の非対称性(人々が保有する情報の分布に偏りがあり、経済主体間において情報格差が生じている状態)」が著しい。それは「不動産は一生のうち、そう何度も取引をするものではない」ことや、「業界の閉鎖的な体質」などに起因するものだ。(『第1回「使命」「誇り」「志」、そして何より「熱い魂」を!』より)

ビジネス全般にも当てはまる指摘であり、正鵠を射ている。また不動産以外には、「金融」も情報の非対称性が著しい。金融(特に株)の場合、情報格差の優位性が、決定的な利益格差を生み出しているというのが率直な感想。置換すると、「インサイダーに近い情報」を獲得できる”スキルとネットワーク”を保有できるかに尽きると思う。

本題に戻すと、不動産の場合、「会計の素養が必要条件、建築の知識が十分条件」に集約できるのではないかな。情報の非対称性を少しでも解消したいなら、この必要十分条件に関する教育が欠かせないと、自分なりに咀嚼した。

“建築”という表現は、適切でないかもしれないが、あくまで”不動産”という全集合のなかの部分集合として”建築”を選択。

ここで疑問が。「会計」と「建築」という二つの分類について、それぞれの知識を会得しやすいのはどちらか。自分は、もちろん前者。他の方はどうなんだろう。

第2回目のコラムでも、主に会計学についてとりあげている。だから、なぜ会計学が必要なのだろうかを、例示から考察してみた。

「不動産価格は下がることを前提に資金繰り」を考える理由として、「損失」の可能性があるからだと、コラムでは説明している。ただし、「売却」と「賃貸」という条件付き。今回の例示には、所有し続ける「含み損益」は、考慮されていない。

では、表題の裏を返すと、「不動産価格が上がることを前提にする」となるが、どのような状況か。極論すると、「利益」しか考えなくてよい、バブルがはじけるまでの土地神話の情勢。自分のお金を定期預金に預ければ、高金利で勝手に増えるようなもの。

すると、次の構造が見えてくる(乱暴な言い分ではあるが…..)。

「会計」は、利益だけを考えるときに重要視されず、損失が発生したら(可能性も含む)、必要とされる

これは、不動産価格を年収に変換すると、自分でもよくわかる。年収が右肩あがりだと、毎年の支出は、前年よりお金が入ってくるという前提で計算される。ボーナス併用払いが象徴。

ところが、仮に40代後半をピークに年収が下がっていくという、半円の弧を描くような賃金体系となったする。その場合、さきの前提が崩壊し、現在の年収より下がることも想定した資金繰りの設計の見直しが迫られる。

つまり、この「設計の見直し」のなかに、会計学が含まれているのだと思う。

利益だけの家計簿は、収入と支出を示した損益計算書(P/L)だけで通用したかもしれない。しかし、損失の可能性が生じると、住宅や車のローン(負債=B/S)、各種保険の支払(個人資産)など貸借対照表(B/S)も作成する家計簿でないと、現在の生活の強さ(=財政状態・ファイナンス)を把握しにくいのではないかな。

続けて、不動産リテラシーを社会現象的に捉えたらどうなるのかって、愚考を重ねたくなったので仮説を立ててみた。それが、

『不動産を購入できる層が厚くなかった』

不動産を購入できる所得層は、今まではそれほど厚くなかった。一昔前だと平均年収以下なら購入は難しいかったのではないかな。それが、「不動産の販売価格の下落」「住宅取得控除の改正」「銀行の経営状態」という3つの要素がからみあって、住宅の購入に追い風が吹いた。

この追い風によって、賃貸(P/L)から持ち家(B/S)に移行した人が大量に出現したおかげで、昨今、テレビや雑誌などから流れるFP的解説が、好評を博しているのじゃないだろうか。

そして、今回の筆者が提供しているサービスのように、バブル期にはあまり見かけなかった市場が形成されたのかと独り合点しながら、不動産リテラシーにとって会計学が必要なのか?、つらつらと書き綴ってみた。

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