diary

ほんの一言

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M先生の本日のエントリー。本題に言及できる力量を持ち合わせいないので、しかとかみ分けて、胸にしまいこむ。

先生の業務連絡に深謝。なんというか深趣な表現が見あたらないが、「ほんの一言」に過敏になる"癖"を自分は持っている。話し言葉であれ、書き言葉であれ、他意の有無を推し量る前に反応するというか。先生のお心づかいに頭を垂れる。

今回は"前進"だけど、"後進"の場合もある。その時も、感情が振り子のように大きく振れる。でも、前進と後進のいずれも、人様の言葉に「自分の存在」を確認できる。

自分一人だけで「存在」を確認する方法を、幸か不幸か知らない。あくまで自分以外の言葉や行動を享受して、「自分の存在」を探索できる。

傲慢にならずに、「他者から認知する自分の存在」を感受する力を研鑽すること。感受する力を、今度は他者に押しつけるのではなく、自然に感応してもらえること。"吸収"と"放出"の均衡の深奥を体得し続けたい。

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