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姜尚中の政治学入門

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姜尚中の政治学入門著者は姜尚中先生。朝生を視聴しているかたはおなじみだろうし、メディアのどこかで目にふれたこともあるかと。朝生を眺めていると、「姜先生ってゆったりとした口調で論理的に話すなぁ。でも話に句読点がないから、頭の中で反芻しにくい。くわえて、どこか別次元の視座から議論の相手にトピックを提供するので、講義を聴講しているような印象をうけるなぁ」って毎度つぶやいてしまう。

湾岸戦争以後、時代の重大局面に際し、さまざまなメディアで精力的に発言してきた「行動する政治学者」が、その揺るぎない思考を支える歴史観と、政治理論のエッセンスを、コンパクトな一冊にまとめました。アメリカ、暴力、主権、憲法、戦後民主主義、歴史認識、東北アジアという七つのキーワードを取りあげ、現代日本とそれが関わる世界の現状をやさしく読み解いた本書は、五五年体制の成立以来、半世紀ぶりの構造変化にさらされる社会の混迷を、正確に見据える視点を養ってくれます。未来への構想力を提言する、著者初のアクチュアルな入門書。『姜尚中の政治学入門』

姜さんは、何を手がかりにそんな発言ができるのですか?—–時折学生からそんなことを尋ねられるらしい。答えに窮しながらも先生は、「自分のカン(=第六感)を研ぎ澄ましてほしい」という。「百聞は一見にしかず」ならぬ「百見は第六感にしかず」である。

とくに視覚に偏重したテレビから受信する映像は、わたしたちの五感を占有し、第六感の機能を低下させてしまう。このあたりは、連日報じられる開店休業の国会の様子をトレースすれば納得できる。

第六感を磨くのに必要な「思考実験」をするとき、メディア的情報だけでは限界がある。メディア的情報は新鮮ゆえに、「生もの」であって時には「毒」と化す。思考実験の限界の枠組みを壊すのが、鮮度のわるい「干物」、すなわち「古典の知」である。

本書は七つのキーワードをとりあげて、先生が「古典の知」をかみしめるように、政治という「生もの」を説いてゆく。

ただし、本書のタイトルには違和感をおぼえた。というのも、アクチュアルな入門書とあるが、必ずしも入門書といえないのではないか。たとえば、第二章の「暴力」のなかに、以下のようなフレーズがある。

ここでややこしいのは、悪としての暴力を否定するための暴力—–それは具体的には、悪に対して法を執行するということになりますが—–このロジックを、アメリカのネオコンが盛んに援用していることです。それは、カント的な理想を、ホッブス的な絶対権力で実現しようすることになります。同P.52

「カント的な理想を、ホッブス的な絶対権力」—–もちろん、この前にホッブスとカントの簡単な説明はあるが、このコンテクストを咀嚼して消化できるのは、やはり、両者の「古典」をふれておかなければ難しいと思う。

全般がこのような表現にあふれている。そのせいもあってか、巻末に167項目の人物・用語解説がついている。

本書の内容もさることながら、本書に登場する文脈や固有名詞そのものが、「自分で考えてほしい、手がかりは"むかし"にある」といわんばかりの姜尚中先生のメッセージを帯びていると感じながら読了。「古典の知」を探求するための入口の扉として保存。

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