脳の中の人生

脳の中の人生すこぶる読みやすい。本書は「読売ウィークリー」に連載されたコラムを単行本化。茂木先生の蘊蓄ある文章にハイタッチすると心がウキウキしてくる。このウキウキが脳にはよいエキスを与えているのではないかと勝手に妄想したくなる。豊かな気分に浸れる叡智と悟性にあふれた一冊。

「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)「プロフェッショナル」(NHK)などのテレビ番組でも人気沸騰の脳科学者が、最新の研究成果を元に"人生の愛で方"を特別講義します。「"脳を鍛える"ために本当に必要なこと」や、「ひらめきが訪れやすくなるようにするには、どうすればよいか」、「愛しき人の痛みを感じることはできるか?」などなど。世界の最前線で脳の根本原理を思考し続ける著者ならではの"合脳的な"人生術の数々が披露されています。あなたは、自分の脳と人生を愛せていますか?『脳の中の人生』

昨今、「脳を鍛える」がブームである。書籍、ゲーム、テレビ番組、どれをとっても、「あなたの脳を鍛えます」が花盛り。そんなご時世に水を差さないように脳の仕組みをわかりやすく説いてくれる。

脳は、1000億の神経細胞が複雑なネットワークを張りめぐらし、電気信号や科学物質が行き交い、遺伝子が巧妙な制御の網を張りめぐらす複雑なシステムである。同P.232

このシステムを理解するのは一朝一夕ではない。現に、今や脳科学の研究者の集まる学会のうち、世界最大級になると、2万8000人以上の人が集まり、開催できる設備をもつ都市も限られる。その中で、特定の分野の機能を研究するような小集団がいくつもできてしまうほど今や巨大サイエンスになっている。「脳全体」を見渡すことが困難なほどだ。

そんな脳を鍛えるのはなぜか?そこに人々の深層心理があり、先生は心と脳の関係に関心を寄せている。鍛える目的にもよるが、

人間の知性の成り立ちは複雑である。答えの決まったドリルやパズルを解くだけでは、創造性もコミュニケーション能力も身につかない。一方で、基本的なスキルを確実に見つけておくことは、創造性を発揮するための「安全基地」としては機能し得る。

創造性を発揮する基本能力を養う意味では有用かもしれないが、こと「創造性」や「コミュニケーション」を養うには疑問符をうつ。明言すれば役に立たない。「創造性」や「コミュニケーション」にはあらかじめ答えがわかった「正解」がないからだ。にもかかわらず、今世の中で評価される能力は、「創造性」と「コミュニケーション」であり、それを世間は察知しているから「ブーム」がおきる。

創造性を発揮する基礎となる要素で大切なのは、「感情」である。直感や判断という能力は、大脳辺縁系を中心とした感情のシステムによって支えられている。

結局は、「答えのない人生を真剣に生きることでしか、脳の感情のシステムを鍛える方法はない」と先生はいう。

本書の中には、脳科学のさまざまな実験や科学のエピソードがちりばめられている。さらに、先生が文学やスポーツに造詣が深いことも覗える。そのあたりをお披露目している文章はかろやかでスピード感があり、とてもおもしろい。

いちばん印象に残ったのは、あとがきの以下の箇所。

さらに、現在では、「頭が良いこと」の意味自体が変わりつつある。情報を持つのが一つの特権であった一昔前には、さまざまな事象を知っている(「博学」である)というのは頭の良さの指標だった。
しかし、何かを知っているということ自体には、今やそれほどの意味がなくなった。いつでもインターネット上で情報を検索できるからである。
新しいメディア環境の中で、自分なりの直感によって情報を収集し、評価し、編集し、そして新しい価値を生み出す。情報は"いつでもアクセスできる"ことを前提に、その活かし方を工夫する。そのような能力こそが「頭が良いこと」を意味するようになってきているのである。

余談ながら畑村洋太郎先生のフレーズを思い出したので備忘。どこかでつながっていないだろうか?

現代社会で本当に必要とされていることは、与えられた課題を解決する「課題解決」ではなく、事象を観察して何が問題なのかを決める「課題設定」です。課題解決と課題設定のちがいは「HOW」と「WHAT」のちがいと言ってもいいでしょう。そして何よりも「WHAT」が社会で必要とされる時代なのです。『畑村式「わかる」技術』


Comments

“脳の中の人生” への4件のフィードバック

  1. 昨日は遅くまで貴重な話を有難うございました。改めましてこのブログを読みながら昨日の意味を噛みしめています。頭では「わかる」のですが、本当にわかっているかは自分自身の行動でしか表せないかと思います。「WHAT」を意識して答えのない人生を精一杯頑張ってみたいと思います。

  2. こちらこそ遅くまでおつきあいいただきましてありがとうございました。

    Eさんのお立場を察しますと、もどかしい想いを抱かれているのかもしれませんが、がんばってください。また、S氏と交えてお話する機会がありましたら、いつでもお呼びください。

    「WHAT」が良いのか・正しいのかは、わたし自身あまり関心はありません。ですが、「WHAT」を頭の片隅におく努力をするようになって少し言葉にできるようになりました。

    「HOW TO」を求め批判すれば、それはめぐりめぐって自分に返ってくると思います。自己言及の矛盾におびえながら「べき」論を主張するよりは、「やる」ことから「無知の知」を感じとるほうが、自分で自分の首を絞めずにすむのかなぁと思います。

    ほんとうに昨日はすてきな時間をいただき深謝。

  3. thinksellさんいつも楽しく読ませていただいております。
    課題設定の必要性を私どものチームも痛感しています。

    チームが課題解決に取り組んでも、なかなか解決しない事象が出てきています。
    それは、なぜか?
    プロジェクトの進行中に湧き出てくる「問題」を、メンバーが「問題だと感じない」視点があります。
    つまり、プロセスの評価時においても、「課題設定」は重要なのです。

    その力を養うには、もっと根源的に、「組織」とは、「主体」とは、「社会」とはどういう意味があるのかを、チームメンバーそれぞれが共有して、深めていく必要があるのではと感じています。

    いつも、必要なときに、必要な情報を頂き、有難うございます。

    医院づくりはダイナミックで楽しいです。

  4. 先生、拙ブログをお読みいただきありがとうございます。

    "プロジェクトの進行中に湧き出てくる「問題」を、メンバーが「問題だと感じない」視点があります。"

    おっしゃるとおりだと思います。「問題だと感じない視点がなぜ生じているのか?」もあたりがついていらっしゃるのだろうと察しております。

    "チームメンバーそれぞれが共有して、深めていく必要があるのではと感じています。"

    共有していく過程と深まっていく空間がダイナミックをもたらすのでしょうか。コメントの隅々まで勉強になります。

    ありがとうございます。