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期間限定の思想-「おじさん」的思考(2)

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期間限定の思想―「おじさん」的思考〈2〉『おじさん的思考』の続編。ただし、期間限定の思想という冠がついている。理由は後述。内田樹先生の書籍を読む速度があがった。これは18日スタートの19日読了。なんのことはない、目の配分が先生の書籍用モードになっているだけ。モードになるための配分の"コツ"がわかった。なるほど、多読の効果はこういうところに具現するのかと納得。『知に働けば蔵が建つ』ですでに述べられている。「人間はキーワードが何かわからない状態のまま本を飛ばし読みして、途中で「何か」にひっかかって手を止めるという芸当ができる」と。

大好評を博した、よきおじさんとして生きるための必読知的参考書『「おじさん」的思考』に続いて贈る、おじさんエッセイ第2弾。成熟した大人である「ウチダ先生」が、現代思想の知見をふまえ、「仮想女子大生」を相手に大人になるための説教十一番勝負。さらに政治家たちの疑惑の構造から外務省の不祥事まで、現代日本の「困った問題」に対しては、目からウロコの暴論奇論で一刀両断。現代思想の研究家であり、武道家であり、全身豆知識とも呼ばれる著者が、その薀蓄を傾けて熱く語る、日本社会への苦元・提言集。『期間限定の思想-「おじさん」的思考(2)』

2002年11月に出版された本書をもって、なんと先生は「物書き廃業」宣言をしている。あとがきは、「私は期間限定物書きである」から始まり、「期間限定」を名乗った理由が以下続く。名乗る理由は2つ。このレビューではひとつだけ紹介する。それは、「ことばが通じくい読者がふえたから」だ。

先生は大学で教鞭を執るかたわらウェブサイト日記ライター(="屋台"と称している)を始められた。そして叡智を蔵した先生の屋台がいつしか店になり、ついには多店舗展開することになってしまった。わずか1年半である。多店舗展開とは、書籍のみならず、テレビ・ラジオ・コラムの連載・講演・広告代理店関連の仕事など多種多様のメディアに顔をだすようになった。どうなったか?

専門的知見以外のコメントを求められ、そのコメントを読む側の反応が、「あれ、これは話が通じてない・・・・・」となった。反応がわかる理由は、素性をオープンにしているから。先生は、本名・所在地・メールアドレスを公開している。それは、言いたいことは直接どんどん言ってね、会いに来たければどうぞのスタイルを意味する。

そして、"オープン"に投稿されるメッセージは、好意的であろうと攻撃的であろうと、「ことばが通じていない人」から発せられるようになり、その数がふえた。先生にとって、純粋な消耗戦の始まりである。だから、手広くやりはじめた矢先に店を畳んでもとの「屋台」にもどると言い放った。

一方で、本書に掲載されているインタビューでは、以下のように述べている。

いままで自分の意見というのは常に僕ひとりの孤立した意見か、ほんとうの少数派のものでしたから、それはそれで安心していたんです。でも、自分の書いた本が売れてきて、僕の言うことに対して「まったく同じ意見です」という人が出てくると、なんとなく不安になりますね。安心するのではなくて、もしかすると自分の言っていることはどこかで道を間違ったのではないか。同P.227

思い切り笑ってしまった。まさに内田先生節炸裂。読み手は、「そうなんだよ」って激しく頷くが、同時に「自分はほんとうに自分を疑っているのか」という恐怖がよぎり悪寒する。その恐怖に対して感情を処理できず、ただただ笑ってしまった。

「べき論」を唱えたとき、安心するのだろうか?不安なのだろうか?もっとつっこめば、「同じ意見です」を獲得し安心するための防御壁なのだろうか?安心や不安を抱えず、わたしの解が正しいと「わかっている」のだろうか?

さらに読みすすめて驚いた。先日のエントリーの解がここにあった。

僕が毎日たくさんものを書くのは、基本的には理解したいからなんです。なにか自分に言いたいことがあって、それを皆さんにお伝えするためではないんです。たとえばあるニュース記事に違和感をおぼえるとします。とりあえず、パソコンに向かって、それについてだらだら書いていくうちに、自分が違和感をおぼえたみちすじというのがわかってくる。最初から何か「意見」があって書きはじめるわけではないんです。じつは書き出す前は何もわかっていなくて、最後まで書いてみてやっとわかる、そういうものってあるんじゃないですか。[…..]書くというのは、自分の内面にあるメッセージを伝える、というのではなく、自分が何を考えているのか、ということを確認する作業なんです。自分が間違っている時は、文章に書くと変なんです。だから書くということは自己発見・自己修正のための大事な手続きだと思います。同P251-252

ただし、己よ、喜ぶことなかれ。愚生の場合、自分が何を考えているのかを確認することなく書いている点と、間違っているかどうかを判断する知性を持ち合わせていない点が、そこはかとないorzな香りを漂わせている:’-)

何冊読もうが進歩がないと自嘲。

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