健全な肉体に狂気は宿る

健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体内田樹先生と春日武彦先生の対談を書籍化。テーマはあるのだろうけど、よくわからない。あまり気にしないで読了。私はあまり対談形式の本を読まない。理由は単純、自分が鈍感だから。対談の場合、その場の雰囲気で醸成される「信号」がある。身ぶり手ぶりはもちろん、相手の発話行為に対して返す間合い、表情など。その「信号」を文体や行間から私は感知できない。とはいえやっぱり内田本を渇望しているから避けてはとおれない(笑)。そんなわけで今回本書を手にしてみると、前から抱いていた疑問を再確認した。それは、「内田樹先生はどうして話を拡散させるのだろう?」という疑問。一つの話題がでたと思えば、「あっ、その話ならコレもそうですよ」と言わんばかりに次から次へ。『BRUTUS 2006年 6/15号』の茂木先生との対談もそんな印象を受けた。

春日 そうですね。同じ量を飲ませていると、昼間っからよだれをたらして寝ちゃうようなことになってしまうんですね。そういう患者さんたちを見ていると、つくづく「健全な肉体に狂気は宿る」なんだなぁと思いますね(笑)。『健全な肉体に狂気は宿る―生きづらさの正体』 P.164

春日先生によると、精神病院に長期間にわたって入院している患者さんが死にかけると、本来入院していた原因の症状が改善されるそうだ。つまり、身体の病気が悪くなると、とりあえず精神病の方の薬は圧倒的に減らせることになる。おまけに身体がよくなってくると、精神の方が再燃する。そういう情景に接している経験から「健全な肉体に狂気は宿る」と口にされた。

この話を受けて、内田先生は「日本が豊かで平和」であり、「身体感覚が鈍感でも、コミュニケーション能力が低くても、とりあえずは生きていける」と返答する。そして、ここからフランスの地下鉄で居眠りする人がいないことや主要な大都会が大阪的であるために東京人よりも大阪人の方が、危険察知能力が高いといった話におよぶ。

前編こういった調子で進んでいくので、Amazonのレビューが分かれるも納得できる。というのも内田先生の言説が帰納的推論から発せられるのに対し、春日先生の事例は科学的理説にもとづいている。だから読者がどちらの立ち位置で読むかによって評価が分かれてしまうのかもしれない。

一方、内田先生自身はというと、「まえがき」で春日先生を多としている。理由は「科学的な語法では語りきれないもの」も勘定に入れていると内田先生の目に映ったからだ。

真に科学的な知性は「世事のエリア」における出来事についても、つまり政治的信条や宗教的霊感や美的感動や性的欲望のようなごたついた心的現象についても、それらがある種の包括的な理説によって説明可能であると考える。
誤解してほしくないのだが、それは「すべては科学で説明できる」と公言するいわゆる「科学主義者」の単純さとはまったく別ものである。そのような単純な「科学主義者」は「科学では説明できないこと」を簡単に「妄想」や「錯覚」にカテゴライズして、ためらわず視野から排除する。同P.10

内田先生がどこまで「ポーズ」しているのか知るよしもないが、とにかく冒頭の疑問が頭から離れずに読了した。それに対する今の愚生の答えは次のとおり。

「対談自体の成否より<内田>と<他者>の実験空間を楽しんでいる」

内田先生にとって自分が何を考えているのかしゃべりながら探索しているし、他方、それを聞く春日先生は、「ああこんあふうに考えるのか」と啓発されるきっかけを内田先生から獲得する。内田先生と春日先生の空間を眺める"憑依した"内田先生がいて「果たして本当にそうなのだろうか」と訝っている。そんな実験を楽しんでいるのではないかと思う。

どうしてそれを感じたかというと、対談中の内田先生の言説には「さっき言っていたことと違うよ」とか「え〜、そんなに簡単に翻すの」と批判したくなるような箇所が散見される。ただ、文意の表面だけを舐めてそのまま真に受けて批判するのは早計だ。内田本にどっぷり漬かっている愚生が自身にそうシグナルを送信している。

"矛盾"—–直感だけど内田先生を腑分け(失礼な物言いでスミマセン)するとき、この言葉がキーワードになるような気がする。フランス現代思想というセオリーがあり、果たしてセオリーどおりなのだろうかと"身体"(=武道)を実践している。時にセオリーで語り、時に身体を語る。そこには矛盾を情態化させて生活を送っている生の自分が存在する。

この"矛盾"を他者が眺めると、「よくわからない」と映るし、「なんだかわかったような気にさせてくれる」ようにも映る。内田先生自身が、「オレっていうのを理解しようなんて"結論"を出したがる人にはわからないよなぁ」と寄せ付けないふるまいによって、賛否両論の"両方"から自分に目を向けさせている。そこに先生の「戦略」があるような気がするもの気のせいかな。

ってほとんど内田先生よりのレビューになってしまってごめんなさい。

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