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グッドタイミングなマッチポンプ消費税論

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6月29日付・読売社説(1): [消費税]「ドイツの3%引き上げに学べ」

05年の日本の財政赤字は、対GDP比で5・6%とドイツの3・6%を大きく上回る。先進国最悪の財政赤字に直面しながら、政府・与党の危機感の欠如はどうしたことだろう。社会保障を維持し、財政赤字を減らすには、日本も消費税率引き上げ以外の「選択肢」はない。

これ、アフォーな方向へ幻想してみる。読売新聞、購買者数は日本一でしたっけ?で、ナベツネさん。政権与党から読売新聞に「ちょっと(ウチを)叩いてくれない」って頼んでいる幻聴に襲われた。政府になぜ引き上げできぬと”叩いて”いるフリして”刷り込んでいる”。言外に「もういい加減反対するのはやめようよ」とたしなめているように読んだ。”誰に”がキモ。あからさまに書くと「読売はナニ考えてんだ」って言われかねません。「税金」ですから、ハイ。

たしかに日本の消費税率は世界の付加価値税率と対比しても低い。財政赤字解消に低い税率から「引き上げ以外の選択肢はない」と訴える根拠も提示できる。でもだからどうしたの。低いから高いはなるほどだけど何かヘンだ。よくわからない。ミソが足りないから教えてほしい。

そもそも「選択肢はない」の前は何なのだろう? 低いから高いへ引き上げるのは算数ができればわかる。これは一見すると「やるかやらないか」のシンプルな構図が浮かび上がる。じゃなくて、「どうしてできない」かを焦点にしたらどうなる。まず瑣末な重箱を突く。単一税率から複数税率(標準税率と軽減税率)へ移行するために検討しなければならないインボイス方式ですらなかなか俎上にのらない。簡易課税制度もいまだに廃止されない。なぜだろう。貧相な新聞紙一枚程度のシワをいくらのばしてみてもよくわからない。いきなり飛躍する。引き上げをドイツに見習えも何も見習いようがないと思う。だって答えはここにあるような気がするから。

しかし、ともに過半数を獲得できず、2か月に及ぶ政権協議のすえ、メルケルCDU党首を首相とする大連立政権が発足した。この協議で、両党は付加価値税と所得税の増税を、同時に実施することで合意した。その時点で増税は事実上決まったとも言える。

つまりこれ自民党と民主党の大連立を発足することだろう。どこの国もお家事情は似たり寄ったりなのかもしれない。「選挙」さえ心配しなくなれば実施できるのである。あとはどう「折り合い」をつけるかだけだ。多党制と違い二大政党制の場合、どちらにつくかはっきりせよと突きつけられている。一方でクリントン政権のように保守層向けの経済政策を取り入れて「折り合い」をつけることができる。極論してしまえば、「どちらか一方のオプションは選択できる」リスクヘッジである。でもドイツのように大連立を組まれてしまうと(こんなことまれなのかもしれないけど)、「それ以外」に投票しても政権はとれないし、いくら反対しようにも「オプション」がない。

結局やっぱり何を書きたいのかよくわからない。頭良くなりたいや。「反対」が中身ではなくポーズであるのは認容できる。当選しないと本末転倒だしね。そんなこと揚げ足とってたら一歩もすすまない。ではなくて、「政府・与党の危機感の欠如」でもない。野党も含めたクレバーな集団は危機感なんてそれなりに持っているだろう。危機感の欠如なんて実体のない文言ではなく生臭くいけないだろうか。賛成/反対ではなく折り合いのつけ具合をまな板で調理してほしいのであって、そうなると材料を吟味しないと調理できない。カレーライスしか作れない人たちがカレーライスを作るか作らないかを議論している間、一食もとらずに餓死寸前になるよりも、一刻もはやくカレーライスを作りたいから野菜か肉かスープかはたまたごったまぜがいいのかをとにかく折衝できないだろうか。

消費税のパーセント以外は「なんだかわからないけど反対しておく」の”反対”から「とりあえずちょっとわかったから賛成しておく」の”賛成”への移行だ。その移行に必要なのはなんだかよくわからない反対とちょっとわかったから賛成の落差にある「消費税の構造」の問題点を指摘し、パーフェクトではないけどとりあえずは「ここらで複数税率を導入して問題のある制度は廃止。事務量は増大してもインボイス導入」ってあからさまに告白することだ。そこには(社説を書いている人たちが)飯粒だと喜びそうな低所得者や中小零細企業・個人事業主にまつわるネタがころがっている。でも「選択肢がない」と断言する人が私のような低所得者へ理解を求めたり、中小企業へ(事務量増加の)警鐘をならしていない、ひいてはワイドショー顔負けの「わかりやすく」伝えていないと感じさせるのはきっと私の気のせいだろう。そして「伝えていないこと」が「ポーズの反対」と構造的に類似していると愚考してもそれを検証できる知性を私は持ち合わせていない。また読売新聞のクオリティを寡聞にして知らない。ゆえに浅学非才の身が本日教わった公式をお手軽に使わせてもらうとすれば、(伝えていないことが)「危機感の欠如」である。

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