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[Review]: 乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない

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乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)

「勝ち組」と「負け組」がトレンドから定着しつつある。本書によれば、「勝ち組」と「負け組」という言葉は「第二次世界大戦後の一時期、南米に移民していた日系の人達の中に、”日本は戦争に負けていない、勝ったのだ”と信じ込んでいた不思議な人達がいた」ことから出ている。つまり「”負け”を認めない事実誤認派」と「”負け”を認めた事実認識派」に分かれる。これが「勝ち組/負け組」という二分法の原意だ。しかし、今の日本はそのような意味でこの言葉を使っていない。単純化された記号の意味は複雑化している。

二十世紀を「そういう時代だった」と考えると、「バブルがはじけた」の後に「どうしたらいいか分からない状態」が出現することは、簡単に説明できます。「有効な理論」が存在する時代が終わってしまったのです。終わったからこそ、「バブル経済」と名づけられる混沌が訪れる。訪れたのが「混沌」だったからこそ、その混沌を成り立たせる力がなくなった時—–つまり「バブルがはじけた」と言われるようになった時、「どうしたらいいか分からない」という状態は、当たり前のように広がるのです。「勝ち組・負け組」という二分法は、そこに登場します。つまり、「従うべき理論が存在しなくなって、どう生きて行けばいいのかが分からなくなった日本人は、”勝ったか、負けたか”の結果で判断するしかなくなった」です。

『乱世を生きる ―市場原理は嘘かもしれない (集英社新書)』 橋本 治 P.29

複雑化している理由は二つある。一つは「勝ち組・負け組」が「勝敗の結果」に拠っていることだ。この新しい二分法は「富める者=勝ち、貧しい者=負け」というクリアカットな構図ではなく「貧富の差」を示すものでもない。何を示すのか。「未来に関する指標」を示唆している。つまり「勝ち組には未来があり、負け組には未来がない」という指標だ。今は勝ち組(自認するしないは別として)でも経済競争に敗れれば即座に負け組へ転落する。経済競争を勝ち得た者は「未来への展望がある=勝ち組」、一方敗れた者は「未来への展望がない(甘かった)=負け組」と認定される。ただし「未来への展望」は現時点の貧富の差ではない。

この未来に関する指標は二つ目の理由へ暗い影を落とす。未来に関する指標は両者の「知性」のジャッジにつながり、ひいては「思考の平等化」を侵食する。一度「勝ち組」になった者は「勝ち組」と自賛できない。なぜなら”現在時点”で「勝ち組」を自認すれば継続する経済競争の未来を考慮に入れていないことになり、負け組になってしまう。だから自ら宣言しない。

そしてその「勝ち組」の姿が「自分で”勝ち組だ”と言わない謙虚さ、あるいは品のある知性を持っている」と思われたりもする。「品位ある知性の有無」がこの二分法によって表出した。他方、「負け組」はどうか。「負け組」とジャッジされる、もしくはジャッジされそうな人が「私は負け組です」と自ら宣言しても、それは「知性」にはならない。ここまでならまだ「勝ち組=知性、負け組=バカ」という”残酷”な二分法で話はすむ。しかし今日本の社会にひたひたと押し寄せているのは、「負け組の言うことには耳を貸さない」という風潮だ。「思考の平等」の大原則が音を立てて壊れはじめた。

ではなぜこんなメチャクチャな二分法ができたのか。それを考察していくのが本書だ。バブル崩壊後を「乱世」と定義するところからはじまり、「乱世」とは何かを求めに歴史を遡る。そして過去と現在の乱世を比較し、そこに新たな思想家が誕生したと分析する。「経済」を司る思想家によって「勝ち組・負け組」という新しい二分法の基準が設定された。

人は二分法という思考を得たかぎりそこから逃れることはできない。たとえば昨今の「健康」についてもそうだ。「標準」という基準を数値化することで、「健康」と「不健康」を分ける。そして、不健康であることを忌むかのようにふるまう。不健康とカテゴライズされた人の言い分にはいつしか耳を傾けなくなるのではないかと恐れる。そして今や健康であるために「死んでもかまわない」と思うような勢いで「健康」を礼賛するかのような形勢になんだか居心地が悪いなぁと一人勝手に愚考してしまう。二分法を「いい・わるい」と判断すること自体が二分法の自縄自縛に陥っているのだから、せめて私にできることと言えば、本書にならって二分法が生まれる背景を考察(私の場合は自慰的妄想)し、二分法から少しでも距離をおけるように修養するだけだ。それが、耳を傾けてもらえない負け組の私に残された数少ないオプションなのかもしれない。

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2 Comments

  1. googooさん、コメントありがとうございます。この本は「経済」の視点から描写されているのもみのがせませんね。

    またブログの方も訪問させていただきます。

  2.  私もこの本を読みました。

     「経済」という観点以外からこの本を見つめる視点 を見つけました。

     私は「経済」という視点でこの本の感想を書きました。暇でしたら、見てください。
     

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