理不尽な親急増の親は?

無理難題をおしつける親が急増しているというイザ!の記事を読む(参照)。ネットでは"DQN親"ともいう。せんだって、かつてお世話になった会社を退職した方々が集って食事をともにした。私を一番に下にしてみな四十路手前(お一人除く)だったこともあり、ちょうど今の小学校の話がでた。"それなりにある"らしい。ただその時に不思議に思うと尋ねた。それは、「私がおつきあいさせていただいているなかでそんな方々はいない」ことだ(現場はそう穏やかでない(参照))。私には子どもがいないので側聞の域をこえない。そんなとは記事に登場する親御さんのような人々をさす。

「基本料金を日割りで払え」。持ち込み禁止の携帯電話を生徒から取り上げた中学教師は、保護者にこう言われ、言葉が見つからなかった。ある幼稚園では、おもちゃを取り合う園児を見た親が「取り合うようなおもちゃを置かないでほしい」と申し入れた。小学校の1学年全クラスの担任配置表を独自に作成し、「この通りでなければ子供を学校に行かせない」と要求した保護者もいる。小野田教授のもとには、信じがたい親たちの実態が全国の教育現場から続々と集まっている。

ソースが不明。どこの地域でどのような世代が述べているのかかいもくわからない。なので鵜呑みできない。記事からだけでは現場の"文脈"もわからない。想像するに私と同世代かそれに近いのだろう。親近感だけで述べると、親と教師の「ズレ」を埋める前、なんというか「ええ、そんなのだったの学校の仕組みって」とか「ええ、親御さんってそんな風に学校をとらえているの」といった地中に埋まった根っこを掘り出す場があるのか首をかしげる。

「理不尽な親たち」について教育関係者や弁護士、精神科医らが「学校保護者関係研究会」を発足させ、原因究明と対策に乗り出すらしい。ぜひとも俎上に載るような研究結果を発表してほしいと願う。私の興味は二つ。一つは、「理不尽な親たち」が同世代であるならば、その"親"たちに因果関係があるのかどうかだ。もうひとつは、「理不尽な親たち」は他罰的にふるまっていると認識しているのかどうかだ。

ただひとつ。もし研究会のメンバーに経済学者が含まれていないのなら残念だ。個人的希望としてアレとかコレの視点もほしい。というのも研究会のメンバー構成によっては、「片方の論理」しか反映されないと危惧する。もちろん、有識者の研究であるから片方の論理ではなく「相互理解をつとめる場づくり」を提案するようなバランスを選択すると期待する。しかし、そうであったとしても欠落しているのは競争(すみません、適切な単語がよくわからない)だと思う。勝敗を意味していないので競争でないかもしれない。貧困なボキャブラリーなので勘弁。私の親が学校に一任していたような「聖職者」からいまや「聖職者+α」を求められるのではないか。親はその+αの部分に自身の「理屈」をあてはめて教師と対峙している。この+αが何であるかという答えはなかなかみつからない。とはいえ、+αがあるとだけ互いに認識してようやくスタート地点にたつと思う。双方に必要な要素やそれを解決する手段を冷徹に提示してもらえることを期待したい。

小野田教授は「たてつかない弱者をいじめる"言った者勝ち"の傾向が社会に蔓延(まんえん)している」と指摘。社会問題としてとらえ、第三者機関の設置や学校の"守備範囲"の限定を訴えている。

言った者勝ちを跋扈させている媒体は何か。その媒体自身が痛痒を感じていないのではないかと訝る。

一部改変するためにエントリー作成後に参照: