review

[Review]: 心脳コントロール社会

Leave a comment

心脳コントロール社会 (ちくま新書)

先月の朝生 「激論!昭和天皇と靖国神社」 での様子。各界の識者が最初の40-50分ほど富田メモの真偽や解釈をめぐって喧々囂々。そのなかで、香山リカ氏が投げかけた。「どうして不快感なのですか?」。そのとき一瞬だけ今までとは違った”空気”が漂った。思い違いかもしれない。でも、「あっ、たしかに。そもそもなぜ不快感なのだろう」と一同が立ち返る沈黙。そのなかに筆者である小森陽一氏も列席していた。

それと気づかれないまま、人を特定の方向に誘導するマインド・マネジメント。脳科学の知見を取り入れた「心脳マーケティング」に基づくこの手法は、今や商品広告のみならず、政治の世界でも使われている。マス・メディアを通してなされるこの種の「心脳」操作は、問題を「快」か「不快」かの二者択一に単純化し、人を思考停止へと追い込む。「テロとの戦い」を叫ぶ米ブッシュ政権も、「改革」を旗印とする小泉政権も、この手法を用いて世論を動かした。その仕組みを明らかにし、「心脳」操作に騙されないための手立てを提示する。

『心脳コントロール社会 (ちくま新書)』 小森 陽一

冒頭の様子は本書を敷衍しているつもりだが適切でないかもしれない。しかし、一新聞社の解釈がすでにひとりあるきし始めている。さも昭和天皇の心中を表現したかのように「不快感」だけが記憶にとどまった。朝生の席上、香山リカ氏は「このメモだけで不快感と断定するのはいかが?」と発言した。それに対して「どうやら40冊以上の日記を検証した結果らしい」という注釈も周りから付け加えられた。香山リカ氏の指摘をうけてはじめて「シマッタ」と気づいた。私も「不快感」を前提にメモを解釈していたし、「なぜ?」と疑わなかった。

ジェラルド・ザルトマン氏の『心脳マーケティング』をもとに脳科学と心理学の知見から「脳が操作される仕組み」を解き明かす。筆者の専攻は日本近代文学、自ら文芸批評家と称する。その氏がなぜ畑違いの分野を上梓したのか。「心脳」が「物語」と深く関わっているからだ。ここでいう「物語」とはある一定の社会的共同性を持つ人々が、同じような経験を長期間にわたって反復することによって得られる「原型(アーキタイプ)」をさす。

この原型(アーキタイプ)をめぐる議論は、文化人類学における神話や伝承研究から、ユングは心理学に流用され、ノースロップ・フライによって文学研究に導入され、いわば人文社会科学の学際的な概念なのですが、この基本的な考え方が、「心脳マーケティング」とマインド・マネジメントのかなり重要な道具として使われているわけです。日本近代文学研究者であり文芸評論家でもある私が、なぜ「心脳」操作を批判しなければならないのか、という理由はここにあります。私自身が深くかかわっている学問領域が、資本と国家が大衆を操作する道具に使われている現状に、責任をとらなければならないと思うからです。

『心脳コントロール社会 (ちくま新書)』 小森 陽一 P.69

本書から二つほど例を。ひとつは「(湾岸戦争の)油にまみれた水鳥」。あの水鳥が映し出された湾岸戦争を私たちは社会の成員として記憶している。では、「油にまみれた水鳥の原因」を質問されたらどうだろうか? 正しく記憶できているかどうか怪しい。

もう一つ。こちらは英語なのであまりピンとこないかもしれない。2002年のアメリカ大統領の一般教養書演説。イラク・イラン・北朝鮮を悪の枢軸国と名指して「War on Terror」と宣言。このとき、「Defense」ではなく「War」がなぜ使われたのか。世界貿易センター・ツインタワービル跡地の名称に原爆投下の爆心地である「グランド・ゼロ」が使われたのはなぜか。答えは本書に。

他の「心脳」事例も多々。その筆頭が小泉首相であるのは想像に難くない。

私自身、「私はこんなのにひっかからない」と思っている時点で「ひっかかっていた」なんてしばしば。その点、逐一うなずきながら読了。ふと疑問がよぎった。それは、政治以外の分野の事例も取り上げた方が思想が行動化しなくて説得力がますのではないか、だった。本書自体が心脳コントロールになりかねないパラドックス。そう思ったのは私の先入観だろう。さきにWikipeidaの記述、「明確な左翼思想の持ち主であり、文学評論にとどまらず、政治的な発言も多い」を読んでいたし。

東京大学大学院総合文化研究科教授という日本最高峰の頭脳に対して、本書自体が「心脳」になりかえないと愚かな抵抗を私は試みた。それが私の先入観と愚考であり、本書の最後に記されている。

「我、疑うゆえに我有り」

では、無謀を承知で本書に問う。我を疑うとは他責的思考ではなく自責的思考ではないか。体制に責任があると考えているかぎり、自分の言説を検証する手段をもちえるのだろうか。それが愚生にはわからない。

It\'s only fair to share...Tweet about this on TwitterShare on TumblrPin on PinterestShare on Google+Share on Facebook

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。