[Review]: いま私たちが考えるべきこと

いま私たちが考えるべきこと (新潮文庫)

橋本治氏は、「日本人」と限定したが島を出ればそうでもないらしい。先日読了した 『決断の本質 プロセス志向の意思決定マネジメント』 にも同様のことが記載されていた。あくまでわたしなりの解釈ではと注釈。つまり、「言論が合意を得る」の「言論」を「決定」に置き換えられる。何かを遂行するための意思を決定するための本質は、「合意を得る」にある。そして、その合意を得る「プロセス」の構築がなによりも肝要だ。余談、「決断の本質」はすばらしかった。後日レビュー予定。

考えてみれば分かるが、「合意に届かない議論」というのは、愚の最たるものである。にもかかわらず、そういう議論が日本に氾濫しているのは、「言論とは合意を得るためのものである」という基本原則が、どこかに言ってしまっているからである。[…]それでは、なぜ議論は合意を生まなくて、言論が「合意を得る」を目的としないのか?それは、日本人が「自分の思考」を、「自分の所属の思考」に代弁させているからである。「既に自分には所属があって、その所属が”自分たち”を成り立たせている以上、”自分たち”とはずれたものとは合意を得る必要がない」と思っていれば、言論における「同意を得る」は不必要になる。だから、日本の言論は、「内部の同意を得る」だけに熱心で、「外部との同意を得る」に不熱心なのだ。

『いま私たちが考えるべきこと』 橋本 治 P.148

氏の独特の文体にいつもひきこまれる。読書中、「そうだよなぁ」と納得させられ、そして読了後、「そうだよなぁが一体何だったのか?!」と本の中のできごとが霧散霧消する。つまり、何度読んでも橋本氏の言説を体内に吸収できない。これほど「オマエはバカだ」と凝視されているような本もわたしの少ない蔵書のなかではめずらしい。まことに奇妙な体験が毎度できる。

とまれ厖大な思慮をめぐらせる本書のなかで一瞬だけ登場した冒頭の引用文。ありていに申せば、「対話の”本当”はコレに尽きるなぁ」と思った。引用文をビジネスシーンにスライドさせれば、わたしには心当たりがたくさんある。「顧客のために」がいつしか「内部の同意を得るため」に変化している打ち合わせをしてしまいがちだ。なぜ、そうなってしまうのだろう?

引用文は「対話の本当を言葉で表現した作品」のような印象を受けた。ただし、わたしはそんな作品自体より、一番最初の単語に目を奪われてずっと頭から離れなかった。それは、「考えてみれば分かるが」である。何気なく枕詞のように使われている。実際この引用文の前後を読んでもさらっと挿入されているかのようだ。しかし、橋本治氏が万年筆(氏はデジタルを使わない”一発勝負”らしい)でこの部分をどのように書いたのだろうかと、愚考してみる。

まったくわからない。

もし、まさに手がスラスラと動き、「考えてれば分かるが」と書いたのなら、そのススラスラ書ける「日常」がわたしの「日常」とあまりに違うのだろうと感じた。「違う」は人生の先輩でもある氏に対して失礼だけど、あいにく適切なことばを思いつかない。なのでこのまま続ける。そもそも「考えてみれば」の「考える」がわたしにはない。なぜないかというと、「考え方」がわからないし、何を考えればよいのか「問いを立てられない」からである。

だから「考えてみれば分かるが」という言葉にふれたとき、「その考えるができないから合意を得るという”前提”を確認せずに話をはじめ、結果、”自分の所属の思考”の弁舌に終始するのだろう」とうなづいた。弁証すらできない。

どうして「考えてれば分かるが」という言葉がこんなところに入るのだろう?その一点が私の頭から離れず読みすすめ、次の文章を目にしたとき寒気がした。

学校教育を成り立たせる社会の方は、十分に豊かになっていた。「我々は十分”平均的に豊か”になっているから、もう我々の成員たちに個性の享受を認めてもいいだろう」ということになる。かくして、「個性の尊重」や「個性を伸ばす教育」が公然となるのだが、この「個性」が誤解に基づいていることは、もう分かるだろう。この「個性」は、「一般的なものが達成されたのだから、その先で個性は花開く」という誤解に基づいたものである。「個性」とは、「一般的なものが達成されず、その以前に破綻したところから生まれるもの」なのである。
個性はそもそも「傷」である。しかし、日本社会が持ち上げたがる「個性」は、「傷」ではない。一般性が達成された先にある、表面上の「差異」である。だから、若い男女は「個性」を求めて、差異化競争に突進する。その結果、「雑然たる無個性の群れ」になる。無個性になっていながら、しかし「没個性」は目指さない。目指さないのは、彼や彼女の根本に「傷」がないからである。同P.194

差異化競争ではなく差異化狂騒に参加している一人がここにいる。