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聴き手の欲望へ語りを転換する

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内田樹先生の著書、『他者と死者―ラカンによるレヴィナス』 に次のような一節があります。長いですが転載します。

私たちは因習的には、「対話」とは、「私」と「あなた」が対面してことばを交わしている事況というふうに理解している。

しかし、「私」と「あなた」が二人向き合ってことばを交わしているときに、私たちは売り手と買い手が商品と貨幣を交換するように、それぞれが「既知の情報」を交換しているわけではない。「私が持っていて、あなたが必要とする情報」の見返りに、「あなたが持っていて、私が必要としている情報」が手渡されるという仕方で対話は進行するわけではない。それは経済学で「欲望の二重の一致」と呼ばれる(確率的には決して起こりえない)ことだからである。

対話を開始するときに、私は「あなたが何を知らず、何を知りたがっているか」を知らないし、あなたは「私が知らず、何を知りたがっているか」を知らない。しかし、そんなことは対話の進行を少しも妨げない。なぜなら、対話は「あなたが語りつつあること」を「それこそ、私がまさに聞きたかったこと」であるというふうに体系的に「誤解」しながら進行するものだからである。そして、あなたがあるセンテンスを語り終えたそのときに、私はあなたの口からそのセンテンスが語られる日をひさしく待望していた私自身の欲望を発見するのである

語る側についても同じことが言える。ある論件について、あなたにかねてからからの持論があったとする。それをなかば機械的に再生しているうちに、聴き手がその意見に同意していないことがその表情から明らかになってくると、あなたはいささか慌て出す。そして、なんとかこの相手がにこやかにうなづきながら話を聞き終えてくれるように、微妙な「軌道修正」を始める。ことばを選び、音調を変え、緩急の変化をつけているうちに、あなたはいつのまにか「はじめに言おうとしていたこと」からずいぶん隔たった地点でセンテンスを語り終えている自分を発見する。

では、このセンテンスを語ったのは、いったい誰なのだろう?それは機密に言えば、あなたではないし、むろん聴き手でもない。強いて言えば、それはあたなが「聴き手の欲望」と見なしたものの効果である。

私とあなたの対話において、あなたは「私の欲望と見なしたもの」を配慮しつつことばを調整し、私はあなたのことばのうちに私自身の欲望を発見する。けれども、それは「私の欲望そのもの」ではない。なぜなら、私はそれが「私の欲望」であることを、あなたのことばを通じて教えてもらったからである。

『他者と死者―ラカンによるレヴィナス』 P.63-64

前後の文脈を無視して「切り取った」文章でありますが、みなさんは一読されてコレとどう「対話」されますか?

私がPPを使ったセミナーを止めたのも、「既知の情報」交換を目的としたセミナーを苦手にしているのも、この文章に出会うためだったのかなぁと都合よく解釈しました(笑)

それらのセミナーでは、聴き手は「知っている」と判断した瞬間、「離脱」します。そうなる前に「軌道修正」するにしても「一対多」を勘定しなければなりません。そもそも一対多の対話が成立するのかという問題が私の中では残っています。その問題を承知したうえで、次に私ができるのは、「多」の空気が保有している感度と自分の感度を送受信できるアクセスポイントはどこにあるのかを探ることです。

逆説的かもしれませんが、「知れば知るほど対話が難しくなる」のではないかと疑っています。相互に知っているという意味も含まれますが、それ以上にどちらか一方が「知っている」とき(錯覚しているときもあります)、片務契約になるのではないでしょうか。私が顧客とウェブサイトの打ち合わせをするとき、「シンクセルの説明を聞いていればよいのだ、その通りに実践すればよいのだ」と受け取られるのをなにより恐れます。

それは他ならぬ思考停止であり、顧客が自問するきっかけを私が奪ってしまっているかもしれないからです。この構造は意外と他の業種、業界にもひそんでいるのではないでしょうか?

  • 体系的に「誤解」しつづけていくことに、「私」と「あなた」がいつまでも向き合っていけるのか?
  • 誤解を正解に変換するのではなく、私の誤解が誤解であるのはなぜだろうかと自問しつづけるきっかけを架橋する(相互扶助する)寛容と忍耐を持ち続けられるのか?
  • 「私はそれが「私の欲望」であることを、あなたのことばを通じて教えてもらう」という「私」でも「あなた」でもない「第三者」を涵養できるのか?

こんなことをこの文章と会話させていただきました。

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