仕事以外の仕事の話

15ミニッツ コレクターズ・エディション仕事以外で仕事の話をブレインストーミングしたらどうなるのか空想したりします。例えば、両手は観てしまった『15ミニッツ』をまた飽きもせず鑑賞している時、自分なら何を感じとって、それを伝えるかと考えたりします。ちなみに、私は悪癖がありまして、コレと決めた映画を何度も観てしまうのです。内容を話すだけなら感想になってしまうので、そうじゃなく、内容よりも、現象にフォーカスをあててみる。この映画も内容を尋ねられると、「う〜ん、まぁ中の上の下」ぐらいしか答える程度なので。

ロバート・デ・ニーロ主演のサスペンスアクション。米N.Y.を舞台に、視聴率のために過激な映像を追い求めるメディアと、それを利用し名声と金を得ようとして起こされた凶悪犯罪、そしてそんな歪んだ欲望に立ち向かう刑事の活躍を描く。


今の自分たちと比較したり、個別に切り出したりして「何を伝えたかったのか」を吟味してみます。で、みんなで俎上に載せて、そこからどんな知見を引き出せるか。かつ、引き出すだけじゃなく、じゃぁブレインストーミングで紡ぎ出されたコンテクストを今の仕事にトレースできるかどうか?

映画ってコレやるのに向いていると思います。まぁ、ひとりで仮想ブレインストーミングを試みるも自慰行為です。やっぱり「私」から脱出するには相手が必要なわけで。

結論に興味があるわけでも、意見を統一したいわけでもない。一見仕事とは関係ないような現象から、自分たちの周辺へもってくる仕方を「声」と「感情」に表出させるのが目的かなぁ。


Comments

“仕事以外の仕事の話” への2件のフィードバック

  1. 同感です。
    私も、よくミーティングで行うのですが、
    ブレーンストーミングの「素材」は、
    仕事以外でも、いや仕事以外のところから
    のほうが、いいのではないかと考察中です。

  2. コメントありがとうございます。

    仕事以外の話を「素材」にするのは簡単なようで難しく、でもとっつきやすいからおもしろくて、またアレやっぱり難しいといったような「循環体験」が貴重なのではないかと思います。

    仕事以外の素材から仕事へトレースするときの理路を言語化していくプロセスと、それを共有できる空間によって、劇的な「見える」効果はなくても、粛々と内なる進化を遂げているのではないでしょうか。ただ、空間から放出される情感を受け取る仕方をもっと私自身が学ばないといけないと思いますが(笑)