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[Review]: 自分の小さな「箱」から脱出する方法

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自分の小さな「箱」から脱出する方法

アマゾンマーケットプレイスでいまだ6,500円の高値を付けている『箱―Getting Out Of The Box』が復刊した。さすが金森重樹氏、マーケッターとしての鼻が効いたのかもしれない。とまれ、私が経営者なら社員全員に本書を手渡すだろう。まさか感想文なんて書かせない。課題図書でもない。ただのプレゼント。そして願わくば「みんなでそれぞれ考えよう、そして共有しよう、ただそれだけていい、それ以外は求めない、なぜならそれが最高の難問だからだ」という気持ちをそえて。

思うに、専門(業界)用語を排除して人材育成を語る根本がここに伏流しているのではないだろうか。「会社だけに通用する人ではなく、社会から待ち焦がれられる人であれ」があるような気がする。難しいことは何一つ書いてない。しかし「私」に問いかければ難しい。

つまり人間は、相手が自分をどう思っているのかを感じることができる、これがポイントなんだ。自分が相手から、なんとかしなくてはならない問題と見なされているのか、操られているのか、策略を巡らされているのかが、わずかな時間でわかってしまう。偽善だってかぎつけられる。見せかけの親切の下に隠れている非難を、感じ取ることができる。そして往々にして、そういう相手の態度を恨めしく思う。相手が歩き回り、あるいは椅子の角に腰かけて、話を聞こうじゃないか、君のことは大いに関心がある、といったふりをしたところで、家族についてたずねたとしても、あるいは仕事を効率よくしようとあの手この手を使ってみせたところで、関係ない。人は、相手が自分をどう見ているかを感じ取り、それに対して反応するんだ。『自分の小さな「箱」から脱出する方法』 P.50

私は「箱の中」に入る。先日も入った。パートナーと流鏑馬を見に行った帰り道、さきほどまでとは打って変わって二人の中が気まずくなった。原因は昼飯。私は口内炎が痛くて痛くてたまらなかったので正直食べたくなかった。それを伝えると、また口内炎の原因を詰問されると疎んじた。だから伝えなかった(まぁ、私の口臭で気づいてたと思うけど)。本当は昼飯を二人でわけるように食べてよかったのに、なぜだかわからず、「昼飯を食べたくない」と言った。その瞬間、私は「箱の中」に入った。

なぜだろう?それは自分の感情に背いたからだ。はじめは食べていいと感じたことを自ら裏切った。自己欺瞞。自己欺瞞が瀰漫すると、あとは自己正当化へと我が身をどんどんかばっていく。「パートナーが口やかましく言うから悪いんだ」「別に昼飯ぐらい抜いたって死ぬワケじゃない」といった具合に、自分の周りをとりかこむ世界を、自己正当化という視点から覗き、「現実」を歪めてゆく。

そんな様子を感じ取ったパートナーも「箱の中に入る」。相手が先に入ったのではない。私が「箱の中」に入ったことによって、私が相手を「相手が持つ箱の中」に入れてしまった。こうなると、互いがそれぞれの「箱の中」から自己正当化するためだけに接する。

「自分の感情に背いていると、自分を正当化するような見方で自分自身を見るようになる。そしてそのイメージを、状況が変わっても持ち続ける。だから状況が変わっても、相変わらず箱の中に入っているわけ。人を人としてまっすぐに見られず、自分で作り出した自己正当化イメージを通してしか見られなくなっているの。相手がその自己正当化イメージを脅かすような動きをとると、脅威だと感じるし、自己正当化イメージを強化してくれる人々のことは、味方だと感じる。そのイメージにとってどうでもいい人々のことは、どうでもいいと見なす。どう見るにせよ、相手は単なる物であって、自分自身はすでに箱の中に入っている。同P.145

本書のユニークな点は、全編ほとんど会話で話が進んでいく。主人公は2ヶ月前に舞台となる企業へ転職してきたエリートサラリーマン。実はそのサラリーマンが「箱の中」に入っていることを主人公自身が気づいていない。だから上級幹部が

  • 「箱の中」に入っていることに気づき
  • どうして「箱の中」に入るのかを理解してもらい
  • 「箱の中」から「箱の外」へ出てもらう

ためにマンツーマンの研修を開く。その研修自体の内容が本書だ。だから、読み手が研修を受けているような錯覚に陥る。また取り上げる話が「夫婦」と「同僚」の2点であり、まったく抽象性はない。読み手は自分の環境へと容易に置き換えられる。

先述のパートナーとのやりとりは、本書を読んだあとにおきた。だから救われた。私はすぐに自分が「箱の中」に入っていることを自覚したので、正直に今の気持ちを伝え、「刺激の少ない二人でわけて食べられる少量のご飯にしよう」と提案した。その晩、パートナーから「私が機嫌を損ねる前に気をつかってくれてありがとう」と一言あった。

問題を引きおこしているのは相手ではなく私である。

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1 Comment

  1. says on 2006.11.30

    前回お会いしたとき、シンクセルさんに教えていただいたこの本を時間は掛かりましたがようやく読み終えました。
    私はここ数年、自分は「組織のために頑張っている」と必死になっていたつもりでしたが、これは自分が人からどう見られているかを気にしている行為であったのかもしれません。
    さらに「家族のために必死に働いている勤勉な父」と思い込み、家族との会話もろくにできていない自分を正当化しようとしていたかもしれません。まさに自分で立派な箱を作り、その中で自分を裏切っていました。
    少なからず、これを読んだからといって箱の外に出られるとは限りませんが、「知っておくべきこと」、「知ったことに即して生きること」を意識して毎日を過ごしていきたいです。
    いつも貴重な教えを有難うございます。

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