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坂本龍馬と無に帰する

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11月15日、旧暦の今日、坂本龍馬は暗殺された。享年33歳。「竜馬がゆく」の初読が12,13歳ごろ。その時、次の一節が強烈な印象を残した。

禅寺へ行って、半刻、一刻の座禅をするよりも、むしろそのつもりになって歩けばよい。いつ、頭上から岩石がふってきても、平然と死ねる工夫をしながら、ひたすらにそのつもりで歩く。岩石を避けず、受けとめず、頭上に来れば平然と迎え、無に帰することができる工夫である。最初は襲いかかる岩石を空想し、むしょうにこわかった。十五歳から十八歳ごろまでのあいだ、いつまでも竜馬の念頭に、この岩石があった。しかし十八歳になったころ、これがばかばかしくなった。(自分でつくった岩石に、自分がおびやかされているばかがあるか)と、やめてしまった。「竜馬がゆく」(一)

当時の私は、「竜馬がゆく」の一切について龍馬が考えていたと信じていた(今は夢からさめたけど)。そして頭上に来れば平然と迎え、無に帰することができる工夫の箇所に驚愕した。なぜなら、「無に帰する」が怖かったから。尋常でないほど怖かった。とにかく怖かった。毎日怖かった。この一節に出会った頃、偶然にも「死」が空想の世界ではなく現実なのだと自覚していた。もちろん今でも「死の本当」をまったく知らない。でも、頭が悪いのも相まって、「オレは死ぬんだ」と顫動した。それまでとは違う感覚に襲われた。はじめての恐怖がやってきた。何をしていても、今この瞬間、無に帰するのではないかと内心で怯えた。オレは異常じゃないかと訝り、本屋へ駆け込んでは思春期にまつわる本を漁った。

他方、「龍馬より一つ上になるのは2006年か」と計算して、そのときオレは何をしているのだろうと思いを馳せた。

このアンビバレントな状態を現在の私は無責任に推察するか。お前さんは死をまだ「空想」していているし、かつ身近な存在に置いていないとでも。それでも当時の私にとってはまさに死活問題。だから、先の一節にたまげた。

そんな状態が続いて十七歳になったころ、とつぜん憑物が落ちたように怯えなくなった。「もういいや」って感じ。そもそも「死」についての定義があるのかないのかわからないし、自分が死んだってどうやって自分でわかるのかもわからない。オレが死ぬってどうやって<オレ>が考えられるんだ?現にオレは生きてるし、死んでから考えられるかどうかもオレにはわからん。

「死はわからない」ということがわかった時、(自分でつくった死(=岩石)に、自分がおびやかされているばかがあるか)と、怯えなくなった。とはいえ、現在でも十七歳とは違った視座から死は怖い(これは離れないのかなぁ)。

それから、今を生きるが刹那でなくなった。「老後を夢想する」と「一寸先は闇」が同居しはじめた。奇妙な同居。

一瞬後の世界は予見不能であり、その中で自分がどのようにふるまい、どのような社会的機能を担うことになるのかを主体は権利上言うことができないという事実「から」出発することである。内田樹の研究室「時間と死」

すばらしいなぁと思う。「これかなぁ、自分の言いたかったこと」とぽんと膝を打ちたくなる。「あたりまえ」の事実。これを読むまで「あたりまえ」だと気づいてない。体感していても意識の前景に置けず、言葉に変換できていない。だから「想定内」でもない。

"あたりまえ"を使わずに、自明の理であることを出発点に置かずに、「あたりまえ」の事実を説く。言葉にしている。素敵だなぁと感嘆する。ついさっきまで未知性のなかにいた私が、もうさっきまでの私と違う。「あたりまえ」だと気づいてない<私>と「あたりまえ」だと膝を打った<私>にズレがある。同一のなかに存在するズレ。しかもこのズレは必ず遅れてやってくる。「ああズレるだろうなぁ」と予見できない。

このズレに気づかせてくれる他者、まるでおでこにメガネを引っかけた私がメガネを探しまわっている姿を見て、「ほれ、おでこに引っかかっている」と呆れながら指摘してくれるよう。

そのたびに思う。「頭が悪いって損だよなぁ」と。メガネを指摘する方には一生かかっても回れねえやって。

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