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毎日新聞 : 自動車整備士:「ポルシェの神様」工場に死す 神奈川

ドイツのスポーツカー、ポルシェの卓越したメカニックとして知られた川崎市高津区の自動車整備士、加藤等さん(59)が11月22日亡くなった。市内の自社工場でポルシェを整備中、何らかの原因でジャッキが下りて車体の下敷きになり、帰らぬ人となった。超一流の技術力から客やレーススタッフは加藤さんを「ポルシェの神様」と呼び信頼した。ポルシェを愛し、生涯をささげた男の突然の、そして壮絶な最期だった。【池田知広】

山梨県出身の加藤さんは、中学の時から自動車整備を始めた。「世界一の車に携わりたい」と卒業後に上京し、ポルシェの販売会社に入社。73年に独立してポルシェ専門の整備会社を設立し、ル・マンや日本グランプリなどのレースで走るポルシェを支え続けた。

妻とよ子さん(58)によると、目立つことが嫌いで、会社の宣伝もせず、取材の要請もめったに受けなかった。整備工場も外観は廃材置き場のようで、看板もない。電話帳にも載っていない。そして口癖のように言う。

「乗り手を理解しないで整備すると、その人を殺してしまう」

職人かたぎは客には頑固さとしても映った。32年のつき合いという東京都板橋区の医師、郡谷(ぐんや)正夫さん(55)は苦笑する。「『ちょっとみてください』と言って初めて来る人にちらりと車を見て『みました』とやる。私も話しかけてもらうのに3年かかりました」

エピソードがある。十数年前の鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)でのレース中だった。ポルシェの現地メカニックから電話が入った。予選で成績が振るわないという。

「2周してみて」。加藤さんはドライバーに指示すると受話器に集中した。走行音を聴きアドバイスした。「左前の車高を4ミリ上げ、右後ろの車高を2ミリ下げて。0.4秒縮まるよ」。しばらくし「0.5秒縮まった」と連絡があった。

突然の事故は、翌日のレースに出場するポルシェの整備中に起きた。

下敷きになった加藤さんを見つけた長男順一(33)さんは「最後までやり切るのがおやじの信条」と父の工具を使い整備を終わらせた。「もういいよ」と客は泣いた。加藤さんが整備した1台は翌日、茨城県内のレースで総合優勝した。

11月28日の通夜では参列者で会場周辺の道が渋滞した。工場はいまもお悔やみの電話が鳴る。「男の人たちが主人のそばで号泣するんです。男に泣かれる男って私には計り知れません」。とよ子さんは少し誇らしげに言った。

毎日新聞 2006年12月2日 15時00分 (最終更新時間 12月2日 15時15分)