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[Review]: スピリチュアルにハマる人、ハマらない人

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Loving couple ‘died together’を読んだとき頭によぎった。

When Dorothy Baker died in St. Thomas hospital last week, her husband Glen let go of her hand and followed a familiar pattern that wove through their life together.「Loving couple ‘died together’」

要約すると、60年連れ添った夫婦がいて、妻が臨終を迎えたとき、夫は手を繋いだまま昏睡に落ちた。そして、手をほどかれた30分後に夫も臨終を迎えたという話。

日本ならどのように報道されるのだろうか?「この夫婦は前世でもつながっていた」「何かの力が魂を一緒に旅立たせた」などとコメントする人もいるかもしれない。「スピリチュアルだ」と唸る人もいるだろう。

ブラウン管から”スピリチュアル””オーラ””前世”といったフレーズが聞こえてくる。ゴールデンタイムでも意に介さない。10年前なら躊躇されたであろう「科学では解明されない事象」や「目に見えないもの」が、スピリチュアルとリンクする。あの日、あの時、私たちは何をしていたのか覚えているが、「何が背景にあったのか」を忘却しつつあるのだろうか。

そもそも、スピリチュアルとは一体何か?筆者は厳密に定義して論を展開していない。邪推をするなら意図的に踏み込んでいない。タイトルからも伺える。(出版社がつけたタイトル)「ハマル人、ハマらない人」が、「信じる/信じない」ではないのはなぜだろう。疑問が残る。神学論争を避けたのか。

では、あらためて考えるに、スピリチュアルとは何だろう。
スピリチュアル・ブームというと、占いやパワーストーン、気功、ヨガ、各種ヒーリングやセラピーなど、霊には直接関係ないが、現在の自然科学では説明しきれないものを広く指すことがある。だが、もともとスピリチュアリズムという語は日本語では「心霊主義思想」などと訳される。簡単にいえば、「死語の生」や「霊魂」などこの世を超えた目に見えない世界やそこでの現象を信じること、またその世界からのメッセージを受け取れること、と考えてよいだろう。本書のテーマである「スピリチュアル」も、もっぱら「霊的なもの」を念頭におている。

『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人 (幻冬舎新書)』 香山 リカ P.37

10年前、「他人とは違う自分でありたい」「自分にしかできない何かをして世の中の役に立ちたい」と理想を抱いて大学へ進学した秀才たちは、現実を目の当たりにして「むなしさ」に襲われ”尊師”を求めた。

“尊師”と”スピリチュアル・カウンセラー”が「偶然ではなく必然」「あなたの出生には意味がある」と語っても、聴き手は犯罪者と善人に峻別する。たとえ両者の言説の底辺に「精神世界」が伏流していたとしても、前者をテロリストと蛇蝎のごとく忌み嫌う。他方、後者に癒されたと言って私が<私>を慰撫する。

ハマるもハマらないも<私>次第—–放言すればそれでいい、と私は思う。いや、「ハマる人・ハマらない人」の二分法に興味はない。私が畏れるのは、筆者が指摘するように、今や「科学やアカデミックに棲む識者」がスピリチュアルを唱え始めたことだ。科学とスピリチュアルの境界線を検証し、批評する側の人々が自らその境界線を消している。

境界線が消えた向こうに何があるのか?私にはまったくわからない。この「わからない
」も容易に口にできなくなっている。アカデミックのみならずメディアも総出で「わかりやすさ」を至上とする。インプットとアウトプットが1対1のデジタル思考が跋扈し、入力と出力が1対多となるような複雑で多様な差異は消失しかねない。

「スピリチュアルはわからない」と口にすることがマイノリティになったとき、「スピリチュアルがわからないなんて世迷い言を言わないで」と忠言されるような空間。その空間を体感したとき私は震撼するのだろう。

本屋で何気なく手に取った一冊が深い内観へと導いてくれた。あっ、これがスピリチュアルか…..いかん、いかん、もう一度読み直そう。

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2 Comments

  1. コメントありがとうございます。

    浅学非才の私では見解をお伝えできませんが、関心は持っております。先生のご指摘どおり、宗教的ライフスタイルと健康が直結している文化圏が世界にあり、そうでない文化圏もあります。その差異はどこにあるのかといったことを愚考しております。「差異」が私のキーワードです。差異とは一体何なのだろうか?が頭から離れません。

    本筋から逸脱しました(笑)。本書はスピリチュアルを霊的と定義しています。議論の前提条件を共有するには必要ですが、私は科学・哲学・宗教の視点からもう少し大風呂敷を広げて吟味したいところです。スピリチュアルを単なる言葉遊びにせずに、しっくりときてなじむような「訳語」を探求したいですね。

    また次回この続きをできればと存じます。

  2. 「スピリチュアル」について。わたしもここ数年関心があります。
    WHOの健康の定義にも、「ダイナミック」「スピリチュアル」を追加しようという動きが過去にあったからです。

    イスラム圏内の人々など、生活の中に宗教が基盤としてある現実では、宗教的ライフスタイルが健康と直結しているからだと思います。
    ただ、日本語にどう訳せばいいのか、まだ模索中です。
    内田先生の「現代霊性論」から示唆を頂きましたが、
    まだわかりません。
    こんど、シンクセルさんの見解を教えてください。

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