交渉を勝ち負けするあたりわからない

スポーツ選手=称賛のような図式、身体能力以外にまで評価を持ち込もうとする風潮に与したくありません。だからよくわからない。文面をつらつら読むと、書かれてあることが事実であるならば、ますますわかりません。

結局負けました…ノリやっぱり退団

「保有権のある球団より選手は弱い立場。どこまで頑張れるかと思ってやってきた。平野恵一の件もあるし。自分一人ではムリと思って代理人さんとやってきたけど、結局、負けましたね」
退団の端緒となったのは、選手の同意が必要と協約に定められた40%の減額幅を上回る1億2000万減の年俸8000万円を提示された昨年11月の下交渉だった。「公傷扱い」が最後まで認められずに「球団、球界の体質を変えたかった」と唇をかんだ。

まず、何のために交渉人を立てたのでしょう?

交渉を勝ち負けと考えていたならば、「基準」があるはず。で、その基準を球団が満たさず、かつ交渉人が説得できないならば、「退団」が負けになるのは自明の理。さらに、「自分一人ではムリ」と思ったのに、「自分自身が交渉の場にいればよかった」とコメントしているのを読みますと、「勝ち負け」にするべく「自ら」戦ったのかどうか首をかしげます。

また、「お金でない」と申しておられるようですし、「公傷」を最優先にしているのならば、「さらに年俸を減額する」と自ら申し出て、「公傷扱いにしない体質を変えた」という金銭でない「基準値」を勝ち取るバーターもなかったのでしょうか。(本人が訴える義理人情と異なるでしょうが)そういう"義理人情"もアリだと私は思います。他方、ここ数年の成績をクールに査定すれば、"論理"も致し方ないところではないでしょうか。

いかなる目的のために手段を用いて、その手段を講じる意思決定をどのように下したのかというプロセスを第三者に説明できていません。第三者に説明できないところに、「よくわからない」が漂い、そこに「感情」が侵入して、あらぬ批判も受けるのかなぁとも感じました。

他人事ではなく、自分のビジネスにトレースすると、マネジメントの視点から参考になりました。ただ、「よくわからん」という思いから備忘。