diary

放言

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2009.06.22 朝は雨 昼から曇 夜再び雨風

昨晩の雨が朝まで続いていた。雨でもなんだか梅雨らしくない雨。風がきつい。朝になってシトシトに変わった。雨が弱まった頃、F歯科医院のミーティングへ参加するため出発。蒸し暑い。とはいえ、電車のなかは寒い。

12:00に到着。まずはPCの故障をチャック。難題。ハードならHDDか。ソフトならkernel32.DLLの破損か。ロゴまで起動しているのでブート系のエラーも。MBR、iniとか。木曜日に持ち越し。BIOSのCMOSクリアと初期化からはじめよう。メモリの確認かな。

ミーティングに参加していて自分の怒りを自覚した。何に対してかも認識。怒りのように固定した感情は気づきやすい。原因は特定できない。特定できたところで、所詮、後付の理由。因果関係を追求したい欲望を抑制して相関関係へ移行しないと。それが統制の核。あっ、相関関係の比率が高まると伝達効率は低下する。ヒトは原因と理由を知りたがる。怒りは情動のなかでもコントロールしやすい、と思う。たぶん、人によってはクールにキレることができるのじゃないか。そういった人の状態を認識することのほうが難しい。自分の理解が及ばない事象へ対する接近の距離がフィードバック認知の形成と関係している、と帰納。怒りをコントロールできても放言を制御できない自己イラチ。本末転倒。一生つきあわないといけない自分の低能への不快感。自分へ溜息。

20:00前に京都へ到着。ジュピターでコーヒー豆200g×2とピーナッツを購入。その後、熊五郎でひやあつつけ麺を食べた。ひやあつはゴマだれ、あつあつは豚骨系。この違いはおもしろい。すごく興味がある。確かに、なるほど。外国人のスタッフが隣で慌ただしく賄いを食べていた。姿と仕草が印象的。

帰宅後、往復で読了した 『考えなしの行動?』 ジェーン・フルトン・スーリ, IDEO を何度も読み返す。読むのはカンタン。ここに書いてあるデザインを認識するのはコンナン。デザインの意味。日本語の誤訳。ニュアンスの誤解。機能と認知のプロセス。すごい本。これはデザイナだけでなく、現場を設計したい人は読んでよいと思う、という書き方自体がすでにデザインじゃない、ナンセンス。

エスパニョール決定。責任問題へ発展しないのかな。お粗末。代理人交渉なのに本人の同席を要請することが自体が契約に対する無理解を露呈。

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