diary

倦怠

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2009.10.18 晴れ

倦怠感。ちょっと気になる感覚。裏目の流れを断ち切る気持ちとくよくよするなと自分に言い聞かせ気持ち、両方が弱い。まだ自分に甘い。躰が冷えやすくなった。20代ではありえなかった躰の変化。季節の変わり目の温度変化を感知。敏感。気をつける。

朝、秋植え球根を植えた。7株のチューリップ。初めての球根。要領がわからず、球根の数も少なめ。試行錯誤。育ってくれるとよいけど。春先が楽しみでありドキドキ。冬場に水やりする植物があるって嬉しい。冬から春。生まれ変わる。『今日は死ぬのにもってこいの日』 ナンシー ウッド, フランク ハウエル を読むと冬への強い想いが伝わってくる。

倦怠感。倦怠を広辞苑で検索すると、 (1)いやになってなまけること。あきあきすること、と (2) 疲れてだるいこと。「―感」、 と書いてあった。 感は疲れての意味に付与されるのかな。嫌になって怠けていたり、あきあきしたりしているつもりはないけど、倦怠って言葉が浮かんだ。なら、(1)へすり寄りたがっているかな。あるいは、倦怠って理由を後から付けてやりたくないの言い訳へ変換したい。そちらのほうが適切。

理由は動機と似ている。理由を考える時、理由の対象はすでに発生している。過去。発生した事象を現在から観察する。現在から過去へ遡及して、観察時点の自分が納得できる文脈を探す。よって、動機と同じく理由を発見したいなら細心の注意を払わなければならない。理由を探索する姿勢を放棄して、理由をありのまま受け入れる姿勢を保つ。探求は仮説を構築する。あるいは、自分の語彙の中で物語を模造する。

あたりまえの意味は連続と関わっている思う。あたりまえのことだけど、連続している時、なかなか気づかない。何が連続して何を気づかないか。無数の日常が、何がと何をに代入される。そして、ある日、ある時、ある瞬間、連続が途絶えたとき、空間に差異が生じる。差異は視覚や聴覚、嗅覚を刺激する。五感の察知が不連続を認識させ違和感を抱かせる。

だけど、そもそも連続している事象は何か。ひょっとして連続していると思い込んでいるかも。連続-断絶-連続の断絶を感知できず、連続-連続と誤解していたり。今のところそのへんをウロウロしている。時間と空間と連続と偶然、そして自己組織化、それらがバラバラにちらばっていて、拾い集めたいけど、集め方を知らなくて迷子になっている、そんな状態かなって焦り。

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