diary

外注

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2009.11.30 晴れ

午前中、O先生のリニューアルサイトを設計。コンテンツの詳細はそろっていないので色やナビ、外観と各ページの誘導などを練った。フレームワークは海外のCSSを少し利用。コードは少し汚れる。コーダの人が見れば顔をしかめるかも。数年前までコリコリとコーディングしたり綺麗なXHTMLとCSSを書いた。今も要所は心がけている。まぁ、自分のなかのバランスの定義が変わってきたこと。バランスなんておおよそ奇跡な状態であるわけで。

午後からS社のページ制作とログ解析の設定。ログ解析のリポートを説明してほしいと依頼されたのでそちらでご覧いただいたほうがよい、と返事した。百聞は一見にしかず。だから専用のログ解析を設置という流れ。

夕方、年賀状の印刷を発注。今年は年賀状の印刷を外注した。奥様が出す分。自分は3年ほど前から年賀状を郵送していない。年々、受け取る年賀状の枚数は減った。想定していたとおり。今まで素材をDLしてイラストレータで作成していた。なんとなく違和感はあった。今年は印刷のインク代と時間を計算したら、どう計算しても外注する方が得。最初、ウェブポ(なんの意味もないFlashが気分を悪くさせるけど)でオーダしようと提案したら、それはちょっと、と尻込みされた。どうやらわずかでも手書きしなければ落ち着かないらしい。主張は理解できたけど手書きの根拠を理解できず困った。でも、自分の年賀状ではないから裏面の印刷を外注。

外注って単語はどう受け止められているのだろう。アウトソーシングや委託などを使ったり。もう同義語か。今はサーバも外注だし、メールもGoogle Appsでストレージも外部に委託する。PCもパーツを買って自分で組み立てるより外部に組み立てを委託して購入した方が得。身の回りのものも自分で作るよりお金を払って外注されたモノを買う。正確には自分では作れないから。こういった場合、外注と表現しないか。外注とは業務の一部を外部へ発注すること、と広辞苑に書いてあった。

では、外注すれば何を得られるのか。あたりまえのことであって時間。その時間に思考と行為に割り当てなければいけないな、と思っていても無駄を増やしている。そのように自分の行動を自分で評価している。それは時は金なりの思想を捨て切れていないからだろう。時間は金と等しいような存在ではないはずなのに。

最近、訳あって昼食をとっているので、夕食を極力減らしてもらっている。でないと躰が悲鳴をあげる。夕食は玄米に山芋をかけて、あとは味噌汁。充分だった。美味しかった。食のリズムが壊れかけるから、と推測。食のリズムは一日二食。数年かけて習慣化できた。そのリズムが壊されるかもしれないって抵抗している、と思う。周りが決めた習慣は自分にとって適切な習慣かどうかを吟味したほうがよいと感じるようになった。そんな機会が増えた。

夜はF先生とSkypeで会う。便利になった。

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