diary

五識

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2010.03.18 晴れのち雨

両足の脹脛と左足の太腿の痛みは完全になくなった。油断してはいけないので負荷のかかりそうな運動や急な動きへ気を配る。運動する自分の姿を脳内でイメージする時、基準は10,20代の体力であり、残像を追っかけている。残像というより願望かな。なのに現実の躰は30代後半だから、そのズレが部位を破壊する。頭が躰を制御していない。

M先生のブログの仕上げ。4,800枚の写真を確認した。99%完了したが、2,3枚の処理について先生の指示を仰がなければならない。とても勉強になった。4,800枚のうちネタやジョークの写真をのぞけば、残りはM先生の記録。記録を分析して行動や特徴を推論できるし、別人となった自分と対話できる。写真技術の観察も可能だ。

夕方からDB制作。20日からの合宿に備える。

合間に 佐知’s Pocket へ行き、スコーンと総菜を買った。素敵なお店。自分の周りで手作りを目にする機会が増えてきた。とても嬉しい。とても楽しい。手作りは価格を表現している。高い安いじゃない。価格が事実であり、理解を促す。数字であり、コミュニケーションでもある。自分の財力では、たくさん買えない。だからじっくり選ぶ。そして、買った物をちゃんと味わえるよう努力する。ちゃっと使えるよう努力する。長く持ちたいから保守作業を心がける。

手作りのデザインを実感できた時、嬉しい。作った人の物は目の前にある。でも見えていない間、実感は訪れない。想いを受け止められるような繊細な精神を持っていない。設計を理解したいと願う。

夜、SCHOOL OF LOCK! のやましげ校長が退任を発表した。2,3年前から聴き始めた。夜の楽しみだった。びっくりしたしショックだった。掲示板は落ちた。書き込みが殺到したのかな。電話口でしゃべるリスナは10代。みなさん気持ちを伝える。言葉がシンプルでとても感情的で羨ましかった。素直だ。素直はもっとも難しい。

ラジオの沈黙は漆黒の闇に似ている。宮古島で夜を体験した時、目が慣れるまで何も見えなかった。音が聞こえることが当たり前だと認識していると、突然音がなくなると、躰は反応する。沈黙の時は数十秒なのにとても長く感じる。沈黙の間、やましげ校長の状態を想像して、次に聞こえる声を予測する。その自分を観察したとき、自分はもう素直じゃないな、と気づいた。現在を勘ぐる、未来を予測する。時に必要であるけれど、素直にはいらない能力だ。邪魔にすらなる。

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