diary

調度

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2010.04.02 晴れ

自宅近くの桜と観光地の桜は違う。違うからわざわざ遠くの桜を観る。群衆を承知で出向く。桜に限らず、チューリップも同じ。敷衍したら、雑草と植物園の対比が浮かび上がってくるな。自宅でほんのわずかな植物を育てるようになって、自分の観察の視点はずいぶん変わった。植物からたくさんの摂理を学んだ。

19:00 M先生のミーティングに参加。ほんのわずかな違和感。ミーティングのリズムが自分へ合わせられる。とても危険な兆候。経験が微少の変化を判定。自分がミーティングのリズムを変化させてしまい、自分へ焦点を合わせられるように調律してしまった後悔。ああ、やだな。こういった時の感情を処理できないので帰りの電車で戸惑う。

帰りの電車で遭遇する毎度の風景。ビールとつまみ。飲むと出るゲップ。酔うと忘れる口に手をあてないくしゃみ。路上の喫煙と車内の飲酒、不思議。何が違うのかな。命が脅威にさらされる度合い? 受動喫煙と無害(だと想定している)のほろ酔い。それにしたら、命を大切に扱うシステムがもう少し安定稼働してもよさそうだけど。喫煙を排斥して、医療を放置する。皮肉な話。

電車の車内は暗黙の前提があって、ひとつは安全。車内の誰かが、危険な行為を実行しないという前提。前提が暗黙でなくなった時、常時監視状態に陥ったら、不安定な車内へ変貌したら、と想像する。吊革や網棚に目をやる。通路に置かれたカバンを見つめる。何もない。何も起こらない。車内が暗黙の前提で安定して運行している状態、そのものが奇跡的な均衡だなぁと気づく。車内は無限の要素を持っているのに、危険の要素は排除されているらしい。

車内の風景を空想。30分が一瞬。50年後ぐらいの車内は、映画のワンシーンを実現しているかな。生体認証。網膜スキャン。スキャンされた乗客の属性はデータベースへ送信され、危険の確率が計算される。確率の結果、兆候が発見された場合、監視カメラが起動し、モニタリングされる。

ネットがもたらした、認証と一元化の概念。5億4千万もの郵貯口座の所得を捕捉できないな。捕捉できれば、普通預金の利息程度の財政赤字を解消できるかも、とかふらふら考えて、そうなれば抵抗は強く、でも、ますます拡散するIDを収集できず、いずれ、どこかで、管理の欲望が生まれると思う。

過去のある時代を切り取って、現代と比較したら、技術の進化と文化の差異を簡単に認識できちゃうけど、10年前と比較したら、グラデーションの色を見分けにくい。進化と変化の過渡期、じゃなくて、時間のまっただなかにいるんだけど、やっぱり自覚できないよ。まるでペーパーとペーパーレスが並行する職安みたいだ。逆らえないのに抗う新聞紙とか。

21:15 京都に着いた。空腹だった。よい兆候。お腹があまり減らなかったので心配していたところ。機能が安定したときの喜び。ちょっぴりの物足りなさ。

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