diary

木鐸

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2010.06.02 晴れ

最高気温28℃。夏日。GIOSに乗ると暑い。20℃を超えると琵琶湖周辺で自転車が増えてないやしないかい。琵琶湖の湖上交通が発達してくれよってマイナな希望をつぶやく。自転車を搭乗できる船が運航されると大津から長浜や北湖へ移動しやすい。そうすれば、レンタルサイクルで琵琶湖を横断して観光とかできるんじゃないだろかってとてもマイナで自分勝手な希望を抱くのです。

午前中、F社のアクセスリポートを仕上げてF氏へメール。その後、S社のページ制作。次の業者の方が決まったと風の便りを聞いたので、またまたページ制作を依頼されると不思議な気分。でも、そろそろ終わりでしょう。自分の力不足で達成できなかったので、次の業者の方と達成していただけるようにお祈り。

Google Readerで記事を読み、iPhoneでTwitterをフォローして、他者が書いたテキストを読んで、とても上手な文章を書くなぁって毎日驚く。上手なって表現は適切じゃないかもしれない。日本語の使い方が正しいやら適切な表現を使っているとか、厳密な文法を駆使してる、なんての上手じゃなく、あと、丁寧な言葉遣いでもない。

上手な文章を書く人の共通点は、言い回しとロジックだと思う。ロジックは「理解」と「納得」のプロセスを踏んでいる。理解は事実を提示する。事実は解釈を含むから、読解が事実を歪める。歪められた事実が読者の事実。その事実を納得するかしないかは読者に委ねられているけれど、でも、どちらであっても、読者は反応する。

特によいなぁって感じるのは、「事実」と「感情」を峻別していて、かつ、「感情」を書くとき、”バカ”や”ムカツク”なんて単語を選ばないテキスト。『思考の整理学』 外山 滋比古 で云う「一次情報」の「感情」をなるべく控えている。仮に”バカ”や”ムカツク”って書きたい時は、”バカ”の定義を「二次情報」へ昇華して書く。そこに諧謔が含まれていたらさらにステキだ。

内田樹先生のバカの定義は”外部評価が非常に低く、自己評価が異常に高い人間のことを私たちの社会では一般に「バカ」と呼ぶ”だし、その表現を自分へ適用するなら、「ああ、僕はバカなんだ」って覚醒させてくれる。それが一例で、自分の場合、森博嗣先生と橋本治先生の文章は信仰の対象と宣言してもよい。

書き手は、一次情報の”ネタ”をユニークな視点と発想で切り取り、「事実」と「感情」を峻別して書く。一次情報のネタはテキストによって二次情報へ抽象化される。

二次情報へ抽象化された上手な文章は、「理解」と「納得」のプロセスを踏んで、読者へ委ねる。文章が先鋭化されていればいるほど、あるいは王道であればあるほど、読者は「事実」を自分の「事実」へ読解置換し、「納得」を吟味する。で、反応する。YES or NO, Criticism, Comment, Remarkなどなど。上手な文章は読み手を反応させる。反応させるから読者は購読するし、ブクマするし、Twitterでつぶやくし、deliciousする。反応したいんだ。

メタフィジカル未満な抽象化された二次情報は、豊富な単語量とほどよい加減の難しい用語とスパイシーな英語で構成されてる。3つの混合比の調整が書き手のセンス。グッドテイストなテキストは読者へコンテクストの妙味を知らしめる。

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