diary

落げ

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2010.06.07 曇り時々雨

梅雨の前触れか。少し蒸し暑く雨も。植物からたくさんのルールを学ぶ。今年購入したミリオンベルは、初期の段階で伸びている枝の先端を一度切らなければならない。そんなことをまったく知らず、成長の具合が芳しくないなぁと思って調べて判明した。その後も、1,2回軽く手入れしなければならない。

多肉植物も注意して見ていると、葉の乾きがわかる。自分が見ていないだけだ。植物の観察から組織や人材育成に敷衍して我が意を得たりとほくそ笑むのは愚かな行為だけれど、重なる気がしてならない。成長期ほど手入れを怠らず、次の季節に備える。水やりを我慢して、根をはるまで待つ。

午前中、F社のページ制作。新しく作成したナビゲーションをもっと改良したい。結局どこまでやっても満足しない。もっともっと改善したい気持ち。ただ、クライアントが希望してなかったり、更新する気がなければ、それは余計なお世話。

06/06(日)に落語の寄席へ行った。とてもおもしろかった。笑いはステキ、再確認。笑いは予想と”ズレ”た時に起こる。聴衆はコンマ数秒先を読んでると思う。先読みの展開と話し手の話が”ズレ”た時、笑う。あら、どうして”てんどん”でわらっちゃう? 笑いは場へ一体感を生む。”ズレ”なくても、態様と話のパフォーマンスに笑う。

1人で何役も演じながら言葉を使い熟して現実の出来事が起きているかのような物語を創り出して笑わせる。ステキだなぁ。自分は落語を聴くけど、落げを味わえるほどじゃないし、奥深さも何も知らない。口を開けて大笑いしているだけ。

落語を聴いていると、近頃の自分は小難しい事柄をわかった風情で語る嫌らしい奴になってたって感じた。もっと素直にならないと。日常使われているごくあたりまえの表現を見聞きしないとなぁ。なんか、本を読んだり、専門家の方々と話するようになって、自分の知識が増えたって錯覚したあげく、難しい事物を考えられるようになったですよ旦那、って具合に自慢したかったんだろな。

あたりまえの言葉を素通りして、専門用語や学術用語に惹かれ、それらを使って何かを考える誰かに憧れてた。落語の寄席でそんな自分に気づいた。

どうして自分はそもそも勉強したくなったのか。ずっと勉強し続けたいと誓ったのか。それは、日常のあたりまえに納得できなかったから。あの新鮮な感覚と衝撃をもう忘れてしまっていた。

人様に説教したり、人様へ教授したり、人様へ意見したりするために勉強してるんじゃない。もうそこから脱却しないと。いつまでたって自分を落げられん。

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