diary

性差

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2010.06.09 晴れ

M先生から頂戴した白州がもうそろそろ終わる。ショットグラスにちょこっと入れて飲んでいた。2月の終わりに頂戴したので、もっとはやく飲み終えないと本来の風味が損なわれているかもしれない。でも、やっぱり嬉しいし、もったいないから少しずつ飲んで、今では名残顔。ディレンマ。

WPの制作。一からコーディングしてる。まだまだ時間がかかりそう。はたしてフリーランスの間に終わるのか、って自嘲してしまいそうだ。

先日、労災事故によって顔などに傷を負った男性が障害の程度は女性よりも軽いと認定されたのは不当だと訴えた裁判の判決記事を読んだ。自分は判決に同意した。深く考えて同意したわけじゃないし、デリケートな要素もあると思うから賛否はあるかなって想像する。

この記事を読んで、ふっとオーバーラップしたのが、最近読み終えた『万物理論』 グレッグ・イーガン で提議されたジェンダーについて。性別の姿形で「判断」される「ひとくくりの見方」に対する問題。「汎性」(言語はasex)という人間がいきなり脈絡もなく登場してかなり戸惑った。あと、強化男性(umale)、微化女性(ifem)、転男性(en-male)が登場し、それぞれ「性」の定義が異なる。

興味深い点は、森博嗣先生の百年シリーズ(『女王の百年密室―GOD SAVE THE QUEEN』 『迷宮百年の睡魔』)でも、同じような視点と発想が取り入れられている。時代設定は22世紀。登場人物の名前はサエバ・ミチル。読み進めると、「ああ、そうだったのか!」と驚く。この2冊は、自分が今まで読んだベスト10に入る。とてもおもしろい。今でもふらふらっと再読してしまう。

『A.I.』 のラストシーンも印象に残っている。半透明・人型のキャラクター(“専門家”)は外形から性を判定できない。コミュニケーションは人類と異なる手段を用いている。

男女の身体的特徴が、「自分」を判断する基準の一つに組み込まれている事実は、今のところ否定できないのかもしれない。未来は、この判断の基準を完璧に廃絶するのかどうか。その場合、テクノロジーの進化は廃絶と密接に連関するのかな。テクノロジーが進化して、仮にロボットやコンピュータ、マシンが労働や生活の環境を整備してくれたら、人類が性差を判断基準に採用するシーンは何だろう。

姿の性差で判断されるより前に、もっと外形の要素が印象の影響を与え、その影響が判断を左右しているのかも。自分の場合、”頭”でファーストインプレッションを抱かれやすいし、そう抱く人を信頼しない。好悪じゃない。同時に自分もそんなくだらない要素で人の印象を決定している。

ほんとくだらない。クソがつくほどくだらない。でも、そのクソを頭からとっぱらえないのがクソだなぁ。ああ、そうかクソを使うのも大便に失礼だよ(笑)

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