diary

黯然

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2010.06.11 晴れ

入梅なのに梅雨はまだ。11日現在、梅雨入りは沖縄・奄美だけ。やきもきする人たちもいる。30℃を超えて夏みたいな日差し。紫陽花は人間界の気持ちを察するわけもなくスクスク育つ。そろそろ水が欲しいと思わないかい?

午前中、F社のページ制作。 ナビゲーションは奥深い。jQueryやPHPのパーツを拝借してテクニカルな表示を制作しても、サイトの設計がへただとユーザは混乱する。反対にサイトの設計をうまいとあとは技術だけと思いきやそうでもない。9年ほど前からサイトを制作するようになってfindabilityでずっと悩んでいるような。

『カオスの紡ぐ夢の中で』 金子 邦彦 を読んで、ふと思い立ってGoogle Reader RSSを整理した。長期間更新されていないブログやニュース系サイトを削除して、購読しているブログも見直した。ずいぶん減った。

19:00 M先生のミーティング。紀伊国屋で 『走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)』 村上 春樹 [to Amazon] , 『脳と日本人 (文春文庫)』 茂木 健一郎, 松岡 正剛 [to Amazon] , 『亜玖夢博士の経済入門 (文春文庫)』 橘 玲 [to Amazon] , 『その数学が戦略を決める (文春文庫)』 イアン エアーズ [to Amazon] を購入。ミーティングは10周年記念前半イベントの振り返りと後半イベントの準備。今日のミーティングはゆったりした感じがして気持ちよかった。とてもよい雰囲気になってきている。変化がおもしろい。

先日、友人の女性が相談したいというので、ウィスキーを付き合ってもらった。相談の内容を伺って、まぁ、長いつきあいだからと思って厳しいとわかりつつ云った。「あなたが傷つけられ、悩んでいる内容とまったく同じ構造をあなたは他人にしているよ」と。同時に自分にもあてはまる。

そういった事象に出会う。唖然、までは到達しないけれど、もういいかなってこともしばしば。自分が悩んでいる事柄は、限定された環境で発生する固有の事象と受け止めて、それは自分だけに襲いかかってきてどうしよもなく悩んでいる。傷ついている。でも、事柄をかみ砕けば、相手や対象が異なるだけで同様のふるまいを誰かにして傷つけている。それに気づかない。

そんな風に個々の事象に悩む人は優れた言語感覚を備えている。繊細でもある。けだし身体感覚は鈍い。繊細な感情と敏感な身体感覚は啀み合っていても不思議ではない。全体の傾向ではない。個々の様態によって、敏感な言語感覚と鈍感な身体感覚はシーソーみたいにぎっこんばったんする。

なぜって疑問は大切だ。でも、なぜって問うとき、もうすでに固定されていないだろうか。問う対象に対して特定した姿勢を持ってる。限定した枠組から自分が抽出できる解をあらかじめ用意しておく。願望が用意させることもあるだろう。誰かの言動は自分の解と違う。おかしい。だから問う。なぜ。それは、なぜじゃなく、確認だ。自分の方が正しいってね。

言語感覚を磨けば、高度な思考は可能になるだろう。でも、鋭敏な言語感覚を獲得するプロセスで失われる可能性を吟味する側に自分は立ちたい。情報の流通が増大し、誰かが書いた言葉を複数の金型を用意して加工してから情報を器用に組み立てられれば、洗練された情報を生み出せる。情報を言説へ交換することもたやすいだろう。でも、元の金型を作った人は誰。金型を作った人、たとえ荒削りで未熟さが残っていても、原物を作り出す力を養いたい。

固有の問いを持つことへの反抗。今の自分は反抗できない。可能性を吟味する側へ立てない。やっぱり自分を賢くみせたい虚栄心が身体の中で跋扈している。

子供の時、自分が思いついたアイデアを先生に伝えたら、もう発見されているよ、って答えが返ってくる。その瞬間、身体の中で悔しさと喜びを混ぜ合わせた液体が沸騰する。年に一度あればよい、いや、ひょっとすると子供がたった一度だけひらめいた、もう二度と神様が与えてくれない独創だったかもしれない。

あの感覚。確認の問い、正義の問い、優劣の問い、慰撫の問い、問いの前に豊富な語彙力が単語を与える。何かが付いた問いじゃないピュアモルト。

ああ、ビュアモルトはおいしい。美しい友人にありがとう。

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