diary

奥歯

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2010.07.26 晴れ

きちんと理解せずに文字面を追って書く。理解していないから間違っていると思うが無頓着を装う。2005年、「銀河系の星の質量は太陽の150倍くらいが限界」とNASAは発表した。当時の体重測定の結果らしい。射手座の方向にあり地球から2万5000光年離れたアーチーズ星団にある巨大な星数百個をハッブル望遠鏡で観察、明るさや推定年齢などから質量を推定した結果、「従来の説による予測では太陽の130 – 1,000倍の星が20 – 30個ほどあるはずだ。存在しているなら見つからないとおかしい」と説明した。

5年後の2010年7月、太陽の300倍ほどの観測史上最も重い星が見つかった、と欧州南天天文台が発表した。地球からの距離が16万5千光年の星団内で太陽の数百万倍の明るさを放つ星が複数あった。

明るさや色から質量を推定した結果、最大の星は太陽の約265倍あった。年齢は約100万歳、生まれた時は320倍ほどあったらしい。太陽の300倍重い星が太陽の位置にあったとしたら、地球の生命は全滅してしまうという。紫外線が強すぎるからだ。

(文系と理系を区別するのは愚かであるけれど)「これだけいろんなことがわかってきたのにまだ研究することがあるのか」と尋ねたくなるかもしれない。でも、それは無垢な無知が発する質問なんだろう。

宇宙を説明した本を読むと、頭の中にある日常生活の「時間」と「空間」が壊されてしまう。”イパカラグンバサラッポテンケ”みたいな発音できるだけの事柄を読んでいる感じ。途方もない、が頭上にあることだけは認識できる。

時間と空間が壊された後に残るのは偶然だ。300倍重い星が太陽の位置にあったら、と仮定するとおり”もし”は空想と戯れるのに相性のよい単語で、論理的前提を了解して理論のゲームを楽しんだら「偶然」のキャラクターが脳内のディスプレイで躍動する。

終日、O先生のイラスト制作。夕方なんとか描いた。まったく満足できないのでO先生の評価を受けよう。歯周病のイラストを描いていたら奥歯を噛んでいる自分に気づく。

奥歯が気になって書架から『わたくし率 イン 歯ー、または世界』 川上 未映子 を取り出しイオンで読む。読了。リズミカルな韻が脳内で映像を次々に再生する。関西弁の韜晦があるんやないと訝りながら関西弁の文体をむさぼる。読後、映像の余韻に浸るまもなく「賛否」の評価を想定する下品な自分がいる。

永井均先生の<わたし>にふれている人はわたくし率の読後は異なり、知らない人はわたしばっかり何連発しとんねんってツッコミ、<わたし>にふれている人が小説を感じられなかったらメタフィジカル小説として了解し、結局、目の前にある一冊の本を引き受ける仕方は手に取った人の数だけあるなんていっちゃんチープな結論にいたり、その事実を敷衍すれば、日常会話も同じ構造なんだと。絶望。

<わたし>を了解する小説と読むか世界を感じる小説と読むか、了解と感性、なるほど日常会話で了解しましたって誰かが言ったとき、理解して認めることと”了解”を引き受ける人がいれば、ディルタイやハイデガーが後ろにいるんだって彷徨する人もいるかも、ひょっとして諒解と記号を出力する人はいないよな、いやわからぬ、と、独りごち、理解をのせた極端の天秤が釣り合う支点を求め視点を探り合う責務が会話へ課せられ、互いが責務を果たすまで待ちきれなかったら、発せられた言葉は相手を突き抜けて宇宙へ逃亡して二度と帰ってこない。

相手に放擲した言葉が相手の身体の中を疾走して、迷子になって、ようやく相手が五感と五臓六腑からもう一度言葉を取り出し姿形を変えて自分のもとへ戻ってきて突き刺さる。突き刺さったら痛い。痛みから逃げたいのをガマンして笑おう。笑えば今が現れるから。

今、感じる。かつてとむこうを了解して。

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