diary

均衡

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2010.08.04 晴れ

数日前から続く指揮者がいない蝉と雀のオーケストラはハーモニーからほど遠く目覚まし時計のベルにとってかわろうとしてくれていてありがたい。『オルフェウスプロセス―指揮者のいないオーケストラに学ぶマルチ・リーダーシップ・マネジメント』 ハーヴェイ セイフター, ピーター エコノミー が語るように人間だと指揮者がいなくても素晴らしい音を奏でるのに。蝉と雀は鳴き声の大きさを競い合っている。蝉の鳴き声の音量が大きくなれば、雀は一オクターブあげて鳴いているように聞こえる。そんなわけないとわかっているけれどそうでも置き換えたくなるようなありがた迷惑な二重奏。自然だ、思う存分鳴いておくれ。

O先生のサイト制作とF社のサイト設計。歯周病のページの配置を素描してテキストを流し込む。そこに画像をはめこんだらどうなるかをイメージ。それからユーザの操作を想像しながら全体のトーンを調整する。

グリッドデザインとプログラムを活用して1ページのなかで1つのテーマを過不足なく説明したい。足しては削り、削りすぎたら足す。

F社のサイトはゼロベースで再考したい。リニューアルするならフィーが発生するのでゼロベースからアプローチしたければ、相手に許可を得てからでないと失礼である。でも長いスパンを想定したら今の枠組にとらわれのはよくないと思う。新たな制約を設定したほうが急がば回れになる感じだ。

光と影、陽と陰と云う。コインの表と裏。現場とウェブサイトも同じ式が成立する。ウェブサイトだけで事業収益を計上しているなら式はあてはまらない。等式はネットから離れた場所で事業収益を計上する仕事だと成立する。どっちが光でどっちが影かまではわからない。

自分が制作したウェブサイトから収益を計上してもらえたら素直に嬉しい。自信も持てるようなる。ウェブサイトを閲覧したユーザが問い合わせたり訪問して収益に結び付くよう制作する行為が自分のドメインであるし、その視点からサイトを設計したい。

とはいってもウェブデザイナの方々のような腕を持ってないから最新技術や手法を駆使してカッコいいサイトや超然としたサイト、かわいいサイトとかは制作できない。せいぜい体裁を整えられるぐらいだ。この弱点を抱えて強みと相殺しながら強みを残さなければ。

あとひとつ。ウェブサイトは合わせ鏡だと思う。自分の背中は見えない。だからウェブサイトという鏡を使って背後から後ろ姿の”現場”を映し出す。そんなサイトを制作したい。

合わせ鏡の視点は収益に直結しない。時に現場へカオスを招き入れる可能性もある。お客さんは売上を増やしたいからサイトを運用するのに、何だか意味不明な御託を並べて制作しようとする奴が現れたらどんな感情を抱くだろう。

ましてやお客さんはホームページに対して小綺麗でFlashがあってみたいなイメージを強く持っていらっしゃる。容姿への強い要望がある。なのにそれを満足にできずに言葉や表現、理路に拘泥したら不快を与えるだけだ。

その時思う。自分が現場へ不快をもたらした。自分が契機だ。でも、それは組織の背後に隠れていた見えない全体でもある。誰かに後ろから凝視されたときの得たいの知れない感覚のように。

不快を認識するためにウェブサイトへ出力する。現場の感情と論理、組織の使命と価値をウェブサイトへ出力する。不快から不を取り除く自負を自分は持っている、とその時思う。その自負がいつ破綻してもおかしくない均衡を保っている。

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