diary

稜々

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2010.08.18 晴れ

今日は特別の日。ひすがら静かに暮らそうと秋の気配を一瞬だけ感じられる頃に目を覚ます。

ああ…..。テスト&ファイルサーバ(OS: FreeBSD 8.0)を起動させると”kernelがない”って画面に表示されてフリーズ。悪寒。

ほぉ…..。トラブルへの対処が少し進化したなぁ。30歳の時はサーバがストップするたびにパニックになったけど、8年も経つと、「データはバックアップしているので復旧するか」と考え、「もし復旧しなければ8.1をインストールするか」と並列直感してMacBook Proから8.1のISOファイルをダウンロードしはじめる。

へぇ…..。 livefsのCDから起動させてブートディスクへマウント, fsck。とりあえず初級自宅鯖管理者なのに何とかそこまでこぎつけられるようになった。

ああ…..。 なんとか昼過ぎに復旧。

物事を素直に尋ねる、意見を素直に聴く、素直に変えてゆく。他者が自分を評価するとき、その評価が安定していておおよそ定まった方角へ向かっているならば気をつけたほうがよいなと思う。自分に言い聞かせている。

捻くれた見方をする。「優しい人」という評価が定着しているとして、その評価を複式簿記に見立てたら「変哲もない平均の人」という評価を想定できる。

資産を主張して負債を隠蔽する善意の人や利益を獲得して損失を転嫁する苦情を訴える人がいる。”苦情を訴える人”と書くと、「苦情」の中には暫定的に正しい論理を含んでいるようなニュアンスが伝わってくる。と独断した後に”苦情を訴える人”をクレーマーと書いてみたら「苦情」の中には不当な感情が含まれているようで、できれば触れたくない、みたいな強い否定を伴う。単語の定義に対する自分の偏見が不思議だ。

貸借対照表と損益計算書の視点で物事を分析できたとしても4パターンしかなく、B/S, PLは一致するので多面的や多層的に分析できていないと思う。でも、やっぱり借方と貸方の複式簿記的な発想はしたほうが得策って自分を説得する。

ある人にとって自他共に認める強みはより広範囲の集合体から観察すれば弱みと判定される属性かもしれないし、強固な論理を展開する人は、完璧な論理を前にしたら道は閉ざされてしまう。感情を露わにする人は、より激高する人と出会うと感情は抑制されかねない。

他者の評価を気にしなくてよいと考える。気にしなくてよいと書くと我が道をゆくと等しい行為と受け止められる。そうではないとも思う。

他者の評価を受け入れる、他者の評価から影響を受ける、それは素直と関係ない。他者に対して観念を完璧に消し去る状態へ全身全霊を傾けることが肝要だと思う。

難しい。

「私は素直です」と素直に話す行為は独我論に陥る確率が高くなる。素直を資産とするならば負債を他者へ提示したくない心理を推し測る。その負債を誰かと議論できたらステキだし、結果、資本が増資されたらすばらしいと思う。

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