diary

悪縁

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2010.09.28 曇のち晴れ

iPhoneのアラームで目が覚める。そろそろあと5分の季節。信楽, 朽木村, 余呉方面はもう寒いかも。まだストーブはないと思うけど。今年の冬は気温は低くならないけど寒く感じるらしい。理由は平年並みの気温になるからと。ここ数年の気温は平年より高め?! だったので平年並みの今冬は寒く感じるらしい。

WP制作。ショッピングカートに悩む。これも試練。クリアせねば。誰とも話さず何処にも行かずHTMLを黙々と制作している環境は性に合っている。自分が運営しているWPもちょっとずつさわりはじめている。

「こんなところで”いらっしゃる”って使う?」と尋ねられたので記事を読んだら官房長官が「(調査船が)周辺にいらっしゃることは確認しているようだ」と書いてあった。動画を確認していないのでそのとおり発音したのか知らない。

正確な文法と敬語の正しい用法に疎いので国語の運用規則から逸脱しているか判断できない。確かに”いらっしゃる”かもしれない。違和感はあった。勘に頼ればこの言い回しを耳にした人のうち半数ぐらいの人々は”いらっしゃる”を使って欲しくないような、そんな感覚の残留物が心中に居座っていそう。でも官房長官個人が相手に対して持っている距離感と敬意は”そう”なんだろうなぁと忖度した。

それよりもこの記事を読んで「あっ、もうブログで”いらっしゃる”は単なる敬語ではなくギミックが含まれる隠語になった」と感じた。たぶん、痛い系のニュースで取り上げられてちょっとした秋祭りがあちこちで開催されているだろう。事実、その記事を読んだ後、RSS経由から秋祭りがひとつ流れてきた。

言葉は意識して使っている部分と無意識に使っている部分があると思う。あたりまえだけど。後者は環境から影響を受けて自然に吸収している表現である。なかでも敬語にはジャストサイズがない。常に過大評価と過小評価を往来している。丁寧すぎたり慇懃無礼であったり。ほんとはそんな言い方したくないのについうっかり口から出てしまう。普段着の言葉と敬語を混用してしまったり、尊敬語・謙譲語・丁寧語を駆使しすぎて僕はいったい何をしゃべりたいのかよくわからなくなるとか。

自分の会話のプロセスを同時進行で自己観察したら、相手に伝達しなければならない内容を的確に選択しているより敬語に注意を払っている<私>がいて吃驚する。本末転倒だろうよ、自分。

官房長官に抱いた違和感といえば、先日、職安の求職について裏話を伺った。求人票が長期間掲載されている企業はワケありだと考えたほうがよいらしい。二つの理由がある。一つは求人の内容に問題があるから採用と退職を繰り返している企業。採用したらすぐにやめてしまう。あるいは合格通知を出しても求職者から断られてしまう。

もう一つはハローワークへの義理。採用するつもりはないけどハローワークの担当者とのコネクションを維持するために掲載しているケースがあるらしい(事実は定かでない)。担当者へのコネクション、ハローワークとツーカーの仲になっておくと、いずれ本格的に採用するときによきに計らってくれるからだとか。

残念ながら求職のプロでもないかぎりそういうカラクリを見抜けない。悪縁に振り回されてしまう。連絡すると暗に断られたり書類審査で落とされたり。あまり露骨だと硬直したシステムに問題が発生するから、ハローワーク側でも求人票を定期的に落として再投入して調整しているみたい。だから求職者は情報交換を怠らないんだろう。僕はそういう交換が苦手だからたまたま耳に入ってきたらラッキーだと思っている。

求職者は悪しき習慣と憤りたくなるし悪縁であるけれど、相手の視点を想定してみると必要な社会的コストと認定して良縁だと考えているかもしれない。観察の注意すべき点だ。

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