diary

混沌

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2010.10.4 雨のち曇

日曜日は祖母の13回忌で朝から大阪へ。帰宅は夕方。次の法要は4年後の17回忌。祖父の33回忌と合わせて営む。4年後の33回忌はなんとか自分たちでやりたいけれど50回忌はお願いするよ、と61歳の両親から頼まれた。20年以上先の話なんて偶然がコントロールしてくれるよって思いながら笑顔で頷いた。ダブルバインドなオトナになったものだ。

法要の気疲れもあったか、いつもの時間に起きても頭は天気と同じく雨と霧。1時間ほどかけてFTやWSJから訓練になりそうな記事を選んで読む。頭に入ってこないし辞書を引いても集中できない。

11:00前に大阪へ。F先生のミーティングに参加。週末開催される大会で講演されるプレゼンを本番と同じ感覚で拝聴する。表現の違和感やプレゼントの技巧で気になった点をメモ。僕は内容そのものを理解できないからあくまでもプレゼンの様態へピントを合わせる。

心がざわつく。時間と場所が変わっても同じ様態を体感した瞬間、頭の片隅に置いてあるフレーズが現れる。「The question that sometimes drives me hazy: Am I, or the others crazy?」 said by Albert Einstein

僕は頭の出来がとても悪い、だから自分が喋っている内容はかなりおかしいと自戒しておくように、となるべく意識してしゃべる。四六時中その意識をメタに認識するのはツライからその意識が引っ込んでしまうときがあって、そういう時、ちょっと気分よくしゃべる。そしたら、何かの拍子に「頭が悪い」という意識が顔を出して、途端、周囲の反応が気になって心がざわつく。

とにかく寝ても覚めても頭がよくなりたい。何が書かれているかよりも何が書かれていないかを吟味できる仕方、道理に従って考えたら書かれているはずの事柄が書かれていない、じゃぁ、なぜ書かれていないかを前進的・統合的に推理する力。何を言っているのかよりも何を言っていないか、あるはずのないものがある、あるはずのものがない、をスキャンする観察眼。文脈の「前段」、言い換えるられるなら「うまく説明できないこと」にひっかかる思考力。

「心のないやさしさは敗北に似てる 混沌と混乱と狂熱が俺と一緒に行く」 THE HIGH-LOWSの『青春』の歌詞。混沌と混乱。

「きみが失敗しても、だれも何も言わなくなったら、きみのことはあきらめたという意味なんだよ」(『最後の授業 ぼくの命があるうちに』 ランディ パウシュ, ジェフリー ザスロー) たぶん、僕は言う回数を減らしていくだろう。

今日の日記は引用が多い。言葉に依存しているからだ。格言は自分の状態を言い当てる。もう一つ。そうだそれを私は言いたかったんだと。我が身は格言によって安堵感と高揚感に包み込まれる。安堵感と高揚感、どちらも着眼と発想を他人にまかせてしまって手軽な方法に頼っている。こういう時の僕は危険な兆候。もっと深く潜らないと。素潜りしないと苦しさがわからない。

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