diary

提灯

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2010.10.05 晴れ

朝夕が肌寒くなってきたのに昼間の温度が25℃を超えようとしたら身体がまごつく。寒暖に敏感ではない。むしろ身体のセンサーが鈍っている。歳を重ねているあかし。ラジオを聴いていると滋賀県内では6時の気温12℃ぐらいの地域もある。

O先生のページ制作。根管治療のラフデザインを2ページ仕上げた。残りは図とグラフを作成。その他、感染対策や院長の紹介を作成。夜、メールで報告。

WPの制作。ショッピングカートの設置も難しいが会員制にした場合の設計で悩む。フローを オムニグラフ で作成して確認。今回のWP制作はとてもよい試練。

Amazonで『ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)』 リチャード P. ファインマン, 『ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)』 リチャード P. ファインマン を購入。とても楽しみ。『ファインマン物理学 (1)』 ファインマン も読みたい。勉強したいことはたくさんあるが焦点をしっかり絞って体系立てていかないと。

今週末、大津祭が開催される。10月3日が山建てだった。里の地域では10月14,15日に枚岡祭が開催される。たぶん今度の連休にふとん太鼓が組まれるはず。久しぶりに見学してみたい。同窓生もオジサンになってるはずで残りわずかの若中(40歳で終わり)を楽しんでいると思う。

この時期、浜大津の地域を散歩すれば玄関に大きな提灯が吊されている光景を目にする。大津祭の大きな提灯。家の外観から推測すると、地主さんや昔から住んでいる方々、そして商人だろうか。どんな時勢であっても毎年同じ時期に提灯を吊すルーチンはステキだ。淡々と粛々とこなす作業。上品で美しい。そこに気持ちの余裕が現れている。

毎日同じ作業を丁寧に実行すれば同じでないと気づく。自分の生活で例えたら梅ニンニクを数粒食べる。すごくすっぱく感じる日がある。体調か味覚か、判定できない。身体の反応に従うしかない。

同じルーチンワークをこなしても気づく人と気づかない人がいる。何が両者を隔てるのか。言葉だと”感性”で説明し尽くせそうだ。でも感性で片付けてしまえない、感性では腑に落ちない。

ひょっとして毎日の作業はまったく同じ手順を踏まれていないかもしれない。感性より前の段階、行動が粗い。昨日と今日、同じ作業をしているようで、実は粗雑な仕事かもしれない。自分の動作を己が観察するよりも、自分の動作そのものが安定していない。それでは観察眼が養われない。

自分の動作が一定で安定しているという前提から己の観察や解釈が不安定であることに注意を払ってしまいそうだが、実は、もっと大切なことを見落としている、観察や解釈の対象であるルーチンワークが安定してないのじゃないだろうか。

慣れてしまっているからという安心感が手足を不安定にさせていないだろうか。慣れが決まった手順どおりに実行する作業をおろそかにしている。その可能性を検討し忘れているような感触を得た。まだ仮説になる前の直観的空想だ。

ちょっとひらめいた感じ。じゃぁ直観的空想からどうやって抜けだそう?

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