diary

青色

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2010.10.20 曇

21年使ってきたラジオのアンテナが折れた。不注意だった。情けないけど折れたものはしょうがない。なんとか聴けるけどいずれ新しいラジオを買わないと。今度は Tivoli Model One を買いたい。工作好きな人ならラジオを制作するかな。アンプやスピーカーをあれこれ選ぶ時が楽しいだろうなぁと思う。

午前中、O先生のイラストを微修正してとりあえずイラスト制作を終了。午後からF先生の診療室の空間図形を制作。導線のなかで発生しているボトルネックを抽出したいので制作をはじめた。

WSJが Flashback to 1870 as Cotton Hits Peak と報じていた。綿花先物市場が急騰している。検索してみたら夏頃から質問している人もいた。経済成長著しい中国をはじめとした地域で需要が伸びていて、供給不足であったところに中国の豪雨とパキスタンの洪水が高値の要因らしい。

インドと中国の国民が日本の生活水準を享受したら、地球が2,3個いると指摘する人がいるらしい。データの詳細を知らないし蓋然性が高い仮説かあるいは環境破壊へのブラフなのか僕には判定できない。むしろ関心は薄い。ただ、比喩として使われる「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」「アマゾンを舞う1匹の蝶の羽ばたきが、遠く離れたシカゴに大雨を降らせる」のようなことが起こっても不思議ではないんだろうなぁと思う。

そういえば 『青色本』 が来月発売される。ぜひ読みたい。『論理哲学論考』 を読んだがさっぱりわからない。今でもときおり開くとすぐに寝られる。すぐれた寝酒だ。それでもルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの言葉の輝きが好き。最も切れ味のするどい刃物で世界を分けてしまいそうな思考。ストーンボロー邸の写真を見ると一切を削り落とした緻密を感じる。complexityによって構成されたsimplicityの美しさがある。

夜、M先生からメールが来た。寝る直前だったので読むかどうか迷ったけど読んだ。これを返信するには1時間以上かかるだろうと算定して眠った。頭はタイプしていた。あれだけ情熱あふれるメールに対して僕は何を返信しようかと。

メールを読む。

メールの文章から想像する。

入力の時間。言葉の選択。豊穣な文脈。出力からこぼれ落ちた世界。有限の字数と層状の熱情。

メールソフトをダブルクリックするとき、あるいは宛先へ僕のアドレスを入力するとき、メールの文章を打ち始めるまでのどこかの瞬間に僕の存在は知覚される。

瞬間。

瞬間へ感謝する。

出力された文章のプロセスを遡れば一瞬でも知覚された己の存在をどこかで確認できる。そのプロセスから喜びを感じられる間、精神はあちら側へ転がり落ちない。

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