diary

困却

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2010.11.19 曇のち雨

一つの事を続けて一つの場へ居る。10年一昔と誰かが言ったように、10年一つの事を続けて一つの場へ居れば街並みと同じく自分は変わる。方角はどちらであれ、向いている方へ進めば、その人にとっては前進だ、という言葉に妙に納得する、かと思えば、はじめて知らない場へ立ったときの「おはようございます」という感覚と発音は10年経てば失われて、自分の空間的位置付けがヒエラルヒーの上にあり、一つの場へ居る、のではなく、一つの場で止まっている、と気づく、「おはようございます」をしてもらえるのがデフォルトになった。

11:00前に大阪へ出発。昨日の続き。院内LANを仕上げる。17:00終了。まずはくみ上げられた。動作を確認した。だけど21日の本番までどうなるかわからない。自分の腕を信じるしかない(これが最も愚かな信仰であるけれど)。

19:00からM先生のミーティングに参加。もう一人の外部の方が参加するようになって、自分の果たさなければならない役割が変わってきたと自己分析している。自分が果たしたい役割、やりたい事、ではない。もう一人の外部の方はこれまで僕が埋められていなかった空白、あるいは試みたけど僕の能力ではまったく埋められなかった空白を埋めてくださっている。そして、その空白はあの場にとってもっとも重要な要素だ、と他者の存在によって認識できた。とてもありがたいこと。

自分の果たさなければならない役割を変えなければならない。新たに生まれた空白か以前から存在している空白を発見して埋める。ただ、その役が何であり、またどうやって演じたらよいのかわからない。

1年前のミーティングを思い出す。1年前には想像できなかった。縁と出会いがあった。1年間で机を囲む椅子が増えた。先生が望まれるとおりになっているかは先生だけが知り得る。この1年の間に加わった方々は新しい視点と行動をもたらす。ただ1年前を基準にすればSさんやYさんの進化を観察できて幸せだった。とても嬉しい。それぞれが凸凹をうまく合わせて空白を少しづつ埋めていらっしゃると僕は評価している。時が経ち、一つの事を続けて一つの場へ居る、を実感していただけたらと祈ります。

20:45にミーティング終了。それからみなさんで食事会。21:00からの予約。22:40すぎに中座した。中座、というのは久しぶりだ。前はいつだったか思い出せない。躰の反応に従ったら自然と言葉が出た。そういう自分もいるのだなと発見できてよかった。勝手に思い込んでいる自分がいてそうでない自分と出会えたら次の道が開ける。その自分が良いか悪いかは判断できないけど。

『的を射る言葉 Gathering the Pointed Wits』 森 博嗣「時間 – 潮時というものが明確に認識できるうちが潮時である」 がある。潮時、という言葉がもたらすイメージは? 潮時、の基準を確立できていないのになぜ潮時と体感してしまうのか。おもいしろいな。

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