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2010.12.15 曇

ぐっと寒くなった。鍋がうまく感じる。鍋は具材を切って調理すれば後片付けが楽だし翌日は雑炊やうどんを入れて朝ご飯を賄えるし重宝する。今の鍋なら春菊が欠かせない。葉を食用としているのはアジア圏だけという。僕は食べられるけど苦手だ。香味はよいけど食べたときの独特な苦さがダメ。鍋で食べるより天ぷらのほうでお願いしたいです。鍋の脇役といっては失礼ですが、ずいぶん我を主張していらっしゃるじゃありませんか、春菊さん。

午前中はO先生のサイト制作。SEO関連を紹介している記事で興味深い内容を読んだ。そのサイトのコードを見たら紹介している内容を採用していたので試したくなったので朝からコードを書き直した。こうやってやることはどんどん増える、いや自分で増している(笑)

12/18は13:00から打ち合わせと決まった。おおよそ4時間を想定しているとのこと。先生と4時間もか……と想像して…..、さて、どうしようか…..、とか、ソワソワ。

Wikileaks に言及している記事を読み続けている。視点が異なった論考を読める。恵まれた時世にいるな。おしむらくは自分の読解力。日本語の読解力すらままならないのに英語はいわんや。すぐれた読解力は視点を重層化させ視野を立体的に広めていくのに。

アメリカ・タイム誌の「今年の人」に Facebook の創設者が選ばれた。読者投票では Julian Paul Assange だったらしい。ちなみに Julian Paul Assange は僕と同世代、39歳。

TEDの Julian Paul Assange 「なぜ世界にWikiLeaksが必要なのか」を視聴した。

「Well, there’s a question as to what sort of information is important in the world,what sort of information can achieve reform. And there’s a lot of information. So information that organizations are spending economic effort into concealing, that’s a really good signal that when the information gets out, there’s a hope of it doing some good. Because the organizations that know it best, that know it from the inside out, are spending work to conceal it. – どんな情報が世界に重要で改革を達成させるのかという問いがありますね。様々な情報がありますが、組織が金をかけてまで情報を隠そうとしているというの は、その情報を世に出せば社会的利益があるという、よい目印になるのです。なにしろ情報を熟知している企業が必死に隠そうとしているわけですから」と答えている。

このコメントが Wikileaks の概念かな。ここで僕は Julian Paul Assange のコメントを編集して推測を事実かのように述べている。

Wikileaks は告発者がもたらす情報を編集しないでサイトへ掲載する手法を採用しているらしい。情報の裏をとって正当性は担保しているらしい。らしい、と書くのは僕がまだまだ調べられていないから。

2010年、Wikileaks のサイトに米国外交公電が大量にリークされた。世界中の報道機関は機密文書の内容を「編集」して伝えた。日本のメディアは、外交公電に記述されている各国首脳の”人物像”や癖、各国を擬人化したコメントを掲載した。記事はスキャンダラスでゴシップ的ニュアンスを強く感じさせる。(僕の推測として)日本のメディアは Wikileaks の原文を読んでいないんじゃないかな。それに外交公電の裏をとっていないだろう。

Wikileaks に対する世界の報道機関とペンタゴン・ペーパーズを報道した時のニューヨーク・タイムズの姿勢は異なる、との指摘がある。1971年、ニューヨーク・タイムズは社内に極秘チームを結成してホテルに3カ月間缶詰になって告発文書をすべて読み、裏を取り、分析して記事にする決断を下したとの由。裏を取り信憑性を確認した。

メディアは一次情報を「編集」して報道するから裏を取り正当性を担保しなければならない。メディアのコンテンツは、編集の過程で生じる判断と意思なんだから。

Wikileaks は「編集」と「判断」を問いかけた、と僕は思う。国家に対して。国が「どの情報を公開し、どの情報を秘匿するか、機密扱いにするか」を決定すべきなのか。限定された人間の「判断」だけで。

Wikileaks の問いかけの裏を返すと、情報へアクセスする側を批判していると思う。国家に対する無関心。情報へアクセスする側は政府のプレスリリースや公開情報を読むより、報道機関がそれらを適度に加工して編集した「記事」を読む。僕は医療情報を収集するために厚生労働省のサイトへアクセスしないし、税金の用途や国家予算を知りたくて財務省のサイトへアクセスしない。報道で目にした内容の一次情報へアクセスするなんてそうそうない。無関心です。

Wikileaks のサイトへアクセスして原文を読んだ人はどれぐらい? たとえば、各国首脳の”人物像”や癖はどんな文脈の中から語られているんだ? それに外交公電の意味は? 機密扱いって?

米国の空軍は、特定の報道機関や Wikileaks へのアクセスを切断した。空軍の端末からそれらのサイトへアクセスできなくなった。米国が批判している中国と同じ処置。主義が違う、目的が違うと反論があったとしても。

無制限の内部告発は結果的に国民に不便をもたらすかもしれない。なぜなら、内部告発の内容よりも行為それ自体に脅威を感じ、国家は機密情報の水準をあげるからだ。結果的に情報へのアクセスがさらに難しくなる。「最高機密」とプリントできる階級と文書が増える。

情報の価値や有用性を「判断」するのは国家や報道機関ではなく、世界の人々にあるという問いを突きつける。だが、その問いを実行するための手段自体が世界の人々に恐怖と脅威を与え、「判断」を停止させて、情報は秘匿される。なんだかパラドックスだな。

僕は楽観的です。知性は漸進すると考えている。今よりも未来の世代の知性が優れているし、次の世紀はプロセスの透明化と想像する。判断に必要な要素が透明化された場所に置かれている。そんな風景を想い描く。公開か秘匿かのカオスが収束すれば、結論の出ないことに耐える能力は透明化を求める。でもプロセスが透明化されたからといって効用の最大化や最大多数の最大幸福が得られるとも思わない。今は公開か秘匿かに思考のリソースが注がれている。それも時間と知性が解決するよってお気楽な気分です。

なので僕は自分なりにパラドックスに向き合いたい。

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