diary

南瓜

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2010.12.21 曇のち雨

12月21日は南瓜の日らしい。そう耳にした。南瓜の日? 冬至は12月22日。なんだろ? 南瓜の日って? 大好きな Janis Joplin の Piece Of My Heart、Superflyバージョンの歌詞をアップしたら穏やかに過ごせた。穏やかに過ごしたい日だったので嬉しかった。穏やかに過ごせたのには理由がある。それはたった一言からはじまったりする。

日記を書いている今は12月22日、書く対象の日付は21日、冬至のことは23日に書くんだけど、なんだか書きたいのでありますが、やっぱり手綱を締めたり、ややこしいやつだ、しかしほんまに。

夕方までアルバイト。99%入力完成。1%は資料待ち。1点不足していたので20日にメールで連絡したがまだ送信されてこない。まぁ気長に待てませんので焦る、フリだけすることにする。明日の朝一に連絡しよう。

夕方からO先生のサイト修正。PowerBook G4 を立ち上げて Jedit X を起動して18日の打ち合わせの内容を記入したファイルを開く。その画面を見ながら MacBook Pro で skEdit を起動してHTMLを修正。画像は Photoshop と Illustrator で修正。フォトショとイラレの最新バージョン欲しいなぁ、欲しいなぁ、欲しいなぁと呪文をとなえながらやっていたらだんだん楽しくなってきた。

たむらぱんの「ラフ」が間違って押してしまった iPod のリピートボタンのように脳内再生しよる。離れない。離れまい。気がつけば「こわいわぁぁああああぁぁぁ」と口ずさんでいる自分がいまして、「待とうかなぁぁぁああああああああ、あさぁあああああぁぁ」と続けて「朝」の部分なんて上手く口ずさめたりしたら自己ドン引きしておりまして、最も基本的な母音の「あ」が頭でこだまするわけであります。「う」だったらよいのに。

もしも世界の最終列車に間違って乗ったらどうしようかなこわいわ 街のタクシーも富裕層用で並ぶのも怖い だからどうせなら待とうかな 朝 最終列車逃して世界の始まりを見てみよう

ストレートな表現なのにファンタジーっぽく僕には聞こえる。「世界の最終列車」って言葉がとても好き。すごいな。たった一言で情景を描いちゃった。あっ、間違って乗ってみたいって思ったもんね。

大学生のとき、車で東大阪をフラリと出て琵琶湖を一周して朝帰ってきたり、京都の山奥まで走って帰ってくる、六甲山へ行って帰ってくる、とか、とにかくフラリと出かけて朝帰ってくることを「ぶらっち」って呼んだ。めちゃくちゃ走った。気がつけばここはどこだ? がしょっちゅう。近畿圏外を出ていたこともしばしば。

明け方をどこで迎えるかが楽しみで楽しみでワクワクして、車に乗っていなくてもそうで、20代、週末になれば朝まで飲みたくてぶらついてとにかく朝までしゃべる、しゃべる、しゃべる、途中で船を漕いでも、しゃべり、しゃべりつくして笑い転げて「世界の始まり」を見る、あのアンニュイでメランコリーな感じとコケティッシュが交錯して世界の始まりなのに終わりを見ているようで、あの頃は死を知らない現実への情熱と三大欲がドロドロに混じった純粋が、朝、沸騰した、臨界。

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