diary

寒鰤

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2011.01.20 晴れ

大寒、第七十候、款冬華。一年で寒さが最も厳しい時期。大寒にふさわしい朝。夜明け前に起きられて幸せだよ。日の出を眺める。始まるなって感じだ。先日、降った雪が凍ったまま。雪は残っていても蕗の花は顔を出す準備。蕗の薹の天ぷらは春の味覚。春を待ちわびる。子供は凍結した道路の上をわざと歩く。滑る。大人はそれを避ける。子供は不安定を選び大人は安定を選ぶ。

今年はうまい鰤を食ってない。寒鰤は刺身もよし、みぞれ鍋も美味(鰤大根を忘れるなと怒られそう)。先日、難波で皮剥の造りと寿司を食った。とてもうまかった。びっくりした。久しぶりの寿司。生ものを心配した。頭の注意なんてなんのその。身体はペロリ。翌日の便は正常。

終日、アルバイトの入力。これもそろそろ終わりかもってよぎる。「その時」がくるまで自分のやるべきことをやるだけだ。淡々と粛々と。「その時」が来たら終わり。それしかない。備えあれば患えなし、は、万一の事態が起きても対処はできませんよ、でもね、備えていれば備えがあったから対処できたと後から喜べますよ、そもそも先のコトなんてわからないんだから、と僕は受け止めている。万一に備えるより日常のライブを楽しむ。

iPad のアップデートが近々発表される(かも)、って記事をRSSで読む。iPad 2かiPadか。個人的にはiPadのままがよい。出たら買うな、と思う。これからはガラケー+iPod Touch、時々iPad、的環境を構築したい。そう目論む。正直、WiMAXがあれば僕のライフスタイルは携帯すらいらない。まぁ、これが備えあれば患えなしか(なんの備えかは書けません)。

そういうことってあるよね、ってネタを政治の記事から見つけた。菅直人首相と鳩山由紀夫前首相の関係がかつてないほど険悪になっているらしい。知らない。政局しか書かない新聞がウェブサイトにわざわざ掲載するんだからそうなのだろう。なぜか。昨年の大晦日、首相がハワイにいる鳩山氏に電話して「帰国されたら、真っ先にお会いしたい」と面会を要請したのにその後の音沙汰はなかった、との由。

あるよな、こういうことって。首相が多忙を極めるから連絡できなかったか、何かしらの含みがあってやめたのか。どんな事情があるにせよ連絡を受けたのに音沙汰なしの方は気分を損なう。待つとはそういうこと。

僕がのんきに口にしたことを誰かが待っているかもしれない。そうとはつゆ知らず。にもかかわらず、待つほうになれば気分を損なう。よいわるいではなくそういうものだなと思う。

言葉が二人の間にあった沈黙を破る。破れは待つ側と待たされる側へ分ける。互いが両側を承認していれば損なわれない。あるいは承知していれば待つ側は待つことなく待てる。承認も承知もなければ待つ側は痛む。待たせる側が痛めつけるのではない。待つ側が己を刺激する。刺激しなければ忘れてしまう。待っていることを。去る者は日々に疎しが怖いのだ。忘却はつながりを途切れさせる。

怖いを恐れなくなる。絶える。断絶が人と人を別ける。すでに途切れている状態である。なにげなく別れるわけじゃない。なにげなくつながっていない状態を精確に理解できたからその状態を言葉で丁寧にラッピングして両側へ贈る。それが行動だ。また誰かと出会う。そして待つと待たせるの関係はたずえ入れ替わる。やがて待つという概念がなくなるほどかかわりあえたら、今はの綴じ目にとどめし一言に「待たせてるね、申し訳ない、待ってるよ」と伝える。それができればとてもステキだと思う。

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