diary

列車

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2011.1.28 晴れ

目が覚めてカーテンを開けたら雪。少し積もっている。寒い。頭痛はおさまった。目の違和感は続く。いやな感じ。ラジオはインフルエンザの流行を知らせる。ラジオの生活に切り替わって耳の感度が高くなったような。電車やスタバでの会話に耳が反応してしまう。まぁ錯覚だ。

朝からMacBook ProとMac mini(Leopard Server)の調子がおかしい。前回の月1回メンテで見逃していたのかな。MacBook Proは4年、Mac miniは6年近く経過中。トラブルがハードウェアかソフトウェアかを分析せんと。Mac miniは24時間365日稼働なのでダウンしたら痛手。ふむ。やっかいだな。そろそろ買い換えたいがムリだよなぁ。AdobeのPhotoshopとIllustratorを先に買わなきゃいかんし。そろそろオンライン学生になるか。

16:00すぎに大阪へ出発。大阪駅で途中下車してパソコン工房へ。MacBook AirのTimeMachine用ケースを探す。 2TBが1万円切ってるし。10TBのZFSやりたいなぁ。なんせこの間こおた1TBが200GB切りよった。本屋で『現代思想2008年12月臨時増刊号 総特集=メルロ=ポンティ 身体論の深化と拡張』 河本 英夫, 宮本 省三, 西村 ユミ, 丹生谷 貴志, 松葉 祥一を探す。ない。

19:00からのM先生のミーティング。よかったなぁ。もう一人の外部の方は僕とは全く異なる視点から意見を述べてくれる。ありがたい。高ぶったなぁ。やっぱり僕は沈黙していてよいんだな。観察に徹する。場が明らかに行き詰まったときだけ言葉を放擲する。それぐらいでOK。昨年秋に経験した失敗と失態から学んだ。

もう一つ学んだこと。毎週出席しなければならないなと思う。もちろん相手はその分のフィーを負担してくださるから心中は複雑だ(仕事で恩返しするのは当然なんだけど)。継続して出席しなければ感知できない連続性がある。途切れたらおしまいなんだな。「連続」だけでも取り組むテーマがある。

そして連続性の中で一回性を保持する感性が自分へ課される。連続性と一回性は矛盾ではない。両方を一つの現象へ包み込んで観察する。観察結果は完璧な主観なんだ。だけどこの主観は客観と対立させない。これも両方を一つの「コト」へ包括していく展開が、次のミーティングへ影響を与えるんじゃないだろうか。まだわからん。自分の感度はまだまだ鈍い。思考が足りない。知性が欲しい。言葉を身につけたい。

同じ<時>の流れのなかを生きてきたというのはひどい幻想であり、二つの異なる列車が同速度で並んで走っているときに、二つの列車に別々にいる人がたまたま同じ列車内にいると勘違いしていただけのことなのだ。一方が前方ばかり見ているうちに、他方は速度を落とし、別な方角へ行き先を微修正する。その微修正がくり返されるうち、気がつけば並行して走っていた二本のレールは大きく離れている。ふたりはとうの前から、違う時間を生きていたのだ。『わかりやすいはわかりにくい? 臨床哲学講座』 鷲田 清一 P.75

「定年を迎えた連れ合い」の例えからこの一文へ続いている。この文章を気に入っている。好きのニュアンスじゃない。同意するし反論したいし懐が深い。「絡みたくなる」文章である。で、気に入っている。僕が想像しなければならない事柄、取り組まなければならないテーマがこの文書の中にたくさんある。

僕と顧客の関係へ勝手にあてはまる。連れ合いと違うから同じ列車に乗っていない。ただ二本のレールを並行して同じ(ような、似通った)方角へ走っていると思っていた。だけど僕が行き先を修正する、あるいは先方が速度を上げるからお付き合いがなくなった。過去の顧客をそんな風に説明できるかも。懐疑や不信とかの位相じゃない。そうかもしれないと感じるのは僕から見た風景であり、先方の前に映る風景はまた異なっている。

同じ<時>をおりにふれて確認する。とても大切な行為なんだ。それが連続性を紡ぐスタートライン。スタートラインは常に書き換えられる。確認して連続性を認識できるから一回性へ跳躍できる。連続性の担保があるから一回性を約束できる。真の一期一会もあるけど、そんな卑怯さも必要じゃないかな。

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