diary

転回

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2011.02.11 雪

朝、雪が降る。FM80.2が知らせる大阪の状況ほどではない。大阪は積もっているという。寒い。身体はまだ下降気味。うう、明日までに復調するかなぁ。お誕生日ライブを楽しみにしてるのに。

13:00からF先生とミーティング。10:40前に出発したら携帯にF先生から着信。雪を心配してくださってのこと。感謝。F先生が大阪の状況をお話してくださる。こちらはそれほどでもない。列車は動いている。大阪の状況をはやく見たくなった。

11:30に大阪へ到着。雪が積もっていた。珍しい。家々の屋根にも雪。へぇ、こんな逆転現象ってあるんだな。珍しい。たぶん、今も自宅付近は積もってないと思う。

書店へ。『空間の経験―身体から都市へ (ちくま学芸文庫)』 イーフー トゥアン『時間論 (ちくま学芸文庫)』 中島 義道 を購入。

13:00からF先生、スタッフのM氏、I氏、私、計四名でミーティング。サイトのリニューアルについて。リニューアルという言い方はふさわしくない。一新ではない。医院全体の進化と拡張、思考の変化、行動の変容を表現するアートだなと思う。過去を現在から眺める。実は過去ではない。屁理屈を書く。現在から過去を参照しているのだからその過去は現在である、記号の軌跡と思考の軌跡は違うかもしれないなぁって思い始めている。

で、つまづく。意味が立ち上がる。戸惑う。もし僕がF先生の前で「アート」を発声したらF先生と僕の解釈は近い。そう想像する。でも、この文章でアートと書いたら解釈の範囲は広がる。なぜ差異は生じるだろう。意味と解釈。そして差異。この二つに対して向き合う。相手にも向き合ってもらう。向き合ってもらう、という言い方は上から目線と受け取られかねない。しょうがない。一つのコトの意味と解釈をめぐって誰かと僕がさまよう。両者の事情が込み入っていろいろ変化する。それがテクネーの快感だと受け止めている。16:30頃に終了。

MARUZEN&ジュンク堂書店梅田へ。毎日通っているならともかく週一ぐらいだと1時間や2時間では足りない。2Fの文庫へ。『空間の詩学 (ちくま学芸文庫)』 ガストン バシュラール『場所の現象学―没場所性を越えて (ちくま学芸文庫)』 エドワード レルフ を眺めたり岩波, 筑摩, 講談社あたりをうろつく。2Fの文庫から5Fの人文へ移動しながら時刻を確認して驚く。人文の分析哲学の前へ。『論理哲学論考』 ウィトゲンシュタイン を読んでもまったくわからない。それでもウィトゲンシュタインの前に立つ。本棚の一段に並ぶ本の数を数える。おおよそ30冊。一つの本棚は6段。つまり30冊×6段の計180冊が収納されている(幅や並べ方によって変わるのですごくおおざっぱな数字)。

僕が両腕を広げた幅より短い一つの本棚に180冊。それが一列並ぶ。たったこの一列だけで何冊の本があるんだろうと思う。

仮に1冊のページ数が300ページだとしたら、180冊は54,000ページ。1ページを何分で読める? もし2分だとしたら108,000分。時間にして1,800時間。毎日2時間読んで900日。これもただ「読む」、いや違う、「見る」という視点から分解して数字に換算しただけ。「読解」というか「理解」という視点から分解すれば数字を再計算しなければならない。

いずれにせよ両腕を広げた幅より短い横幅と僕の身長より少し高い背丈の本棚に収納された本を読むのに900日。読める冊数は知れている。

選択と判断。MARUZEN&ジュンク堂書店梅田へ来るとそう思う。それからいつものように思う。どうでもよいな。どうでもよい、って言葉がたまらなく好き。

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