diary

本性

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2011.03.05 晴れ

気温は高くないけど晴れているのでおだやかな。和む。 布団を干して部屋を掃除。家人は掃除機(ヘンな日本語)。終わって読書。『時間の本性』 植村 恒一郎 をゆっくり読む。『意識に直接与えられているものについての試論 (新訳ベルクソン全集(第1巻))』 アンリ ベルクソン を並行して読む。

14:00からイオンへ。サイズいろいろ玉子98円争奪戦に参戦。今回はいつもの争奪戦よりゆるくて助かった。買いすぎないように注意。メモせずに買い物へ行くと何か買い忘れてくる。マズイ。

帰宅後、メールをチェックしたらM先生から長文のメール。ミーティングのことかな? 一読。もう一回読み返す。さらにもう一回。返信は夜。ちょっぴりフカフカな布団を仕舞ってから大津パルコまで散歩。60分ほどかけてゆっくり歩く。夕方へさしかかる琵琶湖。美しい。歩きながらM先生のメールを反芻。書いてあることより書かれていない文脈を想像。

書店で 『無限と連続―現代数学の展望』 遠山 啓 を購入。無印良品でニットタイと下着を購入。メンズフロアでテーラードジャケットを眺める。一着欲しいんだけどなぁ。30,450円のテーラードジャケットを二着選んでじっと見る。袖のボタンや縫製を触る。裏生地を見る。ポケットの位置を確認する。ウエストのくびれ具合を調べる。サイドベンツかどうか。トレンドから適度な距離を置いたデザインか吟味する。

その間、スタッフの方は世辞を使って試着をすすめる。ありがたいんです。けど、苦手なんですよ。そっとしておいてね。が、僕の言い分、かたやスタッフからすればヘンな人ですよね。試着せずにひたすらじっと見る。手に取る。触る。少し離れてじっと眺める。挙動不審。客になる前の来訪者。

予算は決めていない。10万円ぐらいのぼんやりした数字を浮かべる。もっと払わなければ手に入らないかもしれないし少なくてよいかもしれない。手入れしながらクタクタになるまで着こなしたい。クタクタになっても気にしない。クタクタを味わいたい。

納得するまで選びたい、と思わない。納得は頭でするものだから興味ない。これだなあって勝手に袖を通したくなる雰囲気のあるヤツと出会いたい。ウィングチップのブーツと同じくのんびり選ぼうよ。

すっかり夜になった帰り道、「仕事を依頼している」ことと「都合よく利用されている」ことの差異を検証する。依頼する側と引き受ける側の解釈の違いで論じられるスキームか、まったく異なるスキームを用意して検証すべき論点か。設定そのものが間違っているか。

ちょっと待って。僕の場合、依頼する機会が少ない。だから僕がこのテーマを設定したら引き受ける側の見方を選択してしまう。その見方にそって解釈する。これはダメだなぁ。依頼する側の視点を想定したいんだけどね。

自立と依存。当人は自立しているかもしれない。私は依存されている。二人を見つめる神の視点が存在するならば、「当人は自立している”つもり”」「私は依存されている”つもり”」と記述できる。同一の現象に対して解釈が分かれる。当人と私がかかわっていない同一の現象であれば、互いが批評していればすむ。かかわっているとしたら? 私の偏見をすりあわせて確認したほうが健全?

帰宅後、M先生へメールを返信。90分。いかように解釈していただけるかな。解釈をコントロールできない(するつもりはまったくない)。書いている文章は自分のモノだけど、書き終えた文章は自分のモノではない。伝えたいという気持ちを持ち続ける。そして世辞を排除し迎合を拒絶して「素直」に書く。相手の感情を損なう内容を書くなら覚悟して綿密な心を意識して向き合う。

会っていなくても文章で表現してくださる。嬉しい。他者の承認を体感したとき己の存在を確信できる。

激烈な批判と理解して書く。時間と空間を一致させても表現できないなら時間と空間を一致させなくても表現するふるまいがあってもよい。

僕はM先生の文章に誘い起こされた。

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