diary

野外

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2011.04.15 くもりのち雨のちくもり

第十五候、虹始見。昼食は春キャベツと桜えびのパスタ。色合いがよくて気分は高らか。塩はひかえめ。オリーブオイルとにんにくだけ。むずかしい。そういえばF先生がごちそうしてくださったお店のマスタがおっしゃってた。ペペロンチーノは同業者の間でも侃々諤々とか。

朝から夕方までM先生のテキストを練る。キーボードを叩く。調子がいい。文章をとにかく書く。達意や構成を気にせずいきおいで書く。あとから削ればよいからね。

午後、昼食をすませて珈琲を飲みながらるんるんで叩いていたら「あいつ」は数ヶ月ぶりにやってきた。MacBook Proのハングアップ。あがきました。とことん。「あいつ」は回答を拒絶。MacBook Proと僕のあいだには断絶。あなたはふてくされているかもしれないけれどね、僕はその1,000倍以上ふくれているよと毒づきながら電源ボタンを長押し。リブート。

時すでに遅し。るんるんのテキストのビットははじめからそこになかったのですよ。たぶん。午前中からさっきまで書いたテキストはすべてバーチャルでしたよ、絶対。はじめからなかった、はじめからなかった、呪文をとなえて跡形もなく消えたファイル。

バックアップしておきましょう、ホント。

タイムリミット。夕方、大阪へ。車中で『「食」の課外授業 (平凡社新書)』 西江 雅之 を読む。「食べられる物」と「食べ物」の違いに気づかない。「食べられる物」であっても「食べ物」じゃないと私たちは認識している。その共通認識は時代によって変わり地域によって違う。文化。では文化って? その認識がフィールとワークに与える影響は? 私が認識しない「食」は観察からこぼれおちかねない。

納得です。僕が認識できない「事柄」は、現場を観察するとき、対象へ組み込まれない。

「口」はいったいどこ? 料理と調理? 「空地」理論や「伝え合い」としての「食べ物」の七要素。電車はあっというまに大阪に到着。続きをはやく読みたいのに、もうッ。三ノ宮まで乗り過ごそうかしら。

書店に立ち寄り『あなたの表現はなぜ伝わらないのか―論理と作法 (中公新書)』 古郡 廷治 , 『精神と自然―生きた世界の認識論』 グレゴリー ベイトソン を購入。

19:00からミーティング、だと思ったら今日は院内の駐車場でやりましょうとM先生はおっしゃる。階下の駐車場へ降りていく。なんと野外料理と仕度。90cmの鰤。かまが凄まじい。わたくし焼き担当。炭で焼きながら酒を飲む。そんなミーティング。

先生はとても嬉しそうな顔。みなさんの顔がステキでした。僕もひさしぶりによく飲んだ。あと少し飲んでいたら大津へ帰らず東大阪へ帰宅していたでしょう、間違いなく。見た目はシャンとしていたと思いますが、けっこう酔ってました。

おいしゅうございました。なかでもMさんがつくった鰤大根は美味。絶品。最高。直径50cmぐらいの鍋いっぱいの鰤大根。味付けがむずかしいだろうなぁって思っていただいた。

舌が恭悦。足が舞踏。大根が大人気。僕は牛蒡がお気に入り。ほどよい歯ごたえ。思わずどうしたらこんなふうにできるか訊いてしまった。

00:25ごろに帰宅。先生からメールが届いていた。拝読。酔いが少しさめて脈拍も正常値に近づいてきたのに先生の気持ちがいっぱいこもったテキストはまた僕を酔わせる。鼓動がはやく。ミーティングに出席して20ヶ月。続けてきてよかった。時にもう出なほうがよいかなって思ったけどワガママ承知で顔を出してきてよかった。

継続。

待っているだけではダメ。綺麗事。ときには自分から押しかけて居すわってもよい。待つと押しかけるの距離感を測る。それが僕の仕事かなぁ。

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