diary

絶版

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2011.04.21 晴れ

4日ぶりぐらいに朝から晴れ。朝、植木に水やりしているとまだほんのり肌寒い。13度ぐらいの朝だと過不及ないのにな。からだの調子は85%ぐらいまで快復。体重計にのる。54.4㎏、体脂肪率は9.8%。BMIは19、基礎代謝1,408カロリー。1.2kgの減量。体脂肪率の数値を信用していない。そんな低くないよ、と。測定方法を感覚的に疑っている。ならば基礎代謝も鵜呑みしない。それが理である。はずなんだけど、そう理にかなっていない。表示された基礎代謝は低いと受けとめあげたいと感じる。

食べなければやせる。公理。栄養を気にしなければ。この3日で理解した。不謹慎と承知して書く。定期的にからだが壊れたら正常な状態を確認しやすい。やがて壊れた状態が常態になる。からだは少しずつ少しずつ機能を低下させる。感度をにぶらせる。本人が気づかないスピードで。少しずつ少しずつ。にもかかわらず気づきは唐突をなげつける。昨日まで順調で今朝から様子がおかしいみたいな。

そう気づいたときには自分のからだではないかもしれないなんて思ったり。調子がよいときは誰も責めないし何も感じないけど、具合が悪くなった途端、誰かを責め、憤り、まるで昨日までの平常はなかったのようにふるまい。不思議だ。

不自由とつきあっていく。アンチ某はキライ。からだの不自由に意識をあわせる。できていたことができなくなる。からだの可動域がせまくなっていく。筋肉が硬く細くなっていくからだを想像して覚悟しても現実は想定の外側にある。10代の少年から移植を受けた女性は、「健康って、こんなに自由なんだ」と答えた。自由。健康は、健全な人が追いかける蜃気楼である、とか考える。

栄養を気にしなければ三食はいらない。食べたいときに食べ、食べなくてもよい。体重は減る。そこそこ減れば減少は止まる。どうして食べるのか。ヒトは、「なぜ食べたのか」「なにを食べたのか」「誰と食べたか」「いつ食べたのか」「どこで食べたのか」「どのように食べたか」を気にかける。気の濃度が高くなれば端から心配される。あるいは異常と判定される。

大勢で笑いながら食べる。公園の芝生の上でおにぎりを食べる。自分でにぎったおにぎりよりも誰かがにぎってくれたおにぎりのほうがかならず美味い。僕には。さらにそのにぎった「誰か」によって味の質感が異なる。味覚と味わいの差異。

午前中、O先生の症例のページ。ペリオやインプラントが5症例。根管治療が4症例。仕上げて先生へメール。午後からF先生のサイト制作。コンセプトはかたまっている。サイトのルックスを選ぶ。その前にコンセプトにあわせたサイトの構造と情報を設計しなくちゃ。

夕方、散歩へ。浜大津方面まで歩く。ふらりと古本屋に入る。はじめてのお店。ちょっと緊張気味。 『待つしかない、か。―二十一世紀身体と哲学』 木田 元, 竹内 敏晴 を発見。何度も確認。驚いた。まさかあるとは。amazonでは取り扱いなしで定価より高い。ありがたい。

昼間、銀行へ足を運ぶ。いつもと違う窓口から声がかかったのでそちらで要件を伝える。新札への両替。ある場面ではひとまえで財布から新札をさしだす。野暮にいえば粋である。10,20代のころ、それを先輩方から教わった。

対応してくださっている方は新入社員かもしれない、と思いながら両替をお願いする。顔立ちやしゃべり方、雰囲気から。両替の用紙を受け取りその場で記入して待っている間、クレジットカード機能付きのキャッシュカードを紹介された。教わったとおりのプロトコル。研修でロールプレイングしたとおりの発声。数人の行員が気にかけているご様子。

とにかく喋りきる、最後まで説明することが目的ですよね。途中での質問は受けつけられないって感じさせる口調がステキだ。抑揚が新鮮。懐かしい感じ。最後まで聞いて一つだけたずねた。ロールプレイングでこの質問もでただろうなと思いながら。

数分のやりとりだったけどたくさんのコトを学んだ。ありがとうございます。忘れていた大切なこと。年齢や性別、属性は関係ない。素直に観察していれば誰からにでも学べ教えてもらえる。自分が素直になれるかだ。自分が気づけるかだ。ずいぶん鈍っていたんだなぁ。誰を責めて叫ぼうか。

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