diary

一向

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2011.05.05 晴れ

加齢による体力はゆるやかに低下してほしいのに、そうは問屋が卸さない。急速に低下しているような感覚。昨日のCOMIN’KOBE’のライブで足が笑っている。上半身より下半身が先に衰えると頭で理解していても、いざ実感すれば理解や想像とは異なる次元を体験している。まずいなあ。

夕方までWP制作。コード読み。カートの実装は難しい。プログラマなら何してんの?ってレベルで四苦八苦しているだろうけど僕にとってはやっかいなシロモノ。おもしろいからよいけど。

夕方、京都MUSEへ。THE COLLECTORSのライブ。17:00開場、17:30開演。17:00前にちょっとした行列になっている。ライブハウスって整理券の番号を呼ぶとき、列や集団の後ろにいると聞こえにくい。はじめての人はちょっぴり焦って前のめり気味。その雰囲気が伝播されて行列がざわつく。

四条通を歩く人は、一様に「ナニこれ?」みたいな。同じビルに焼き肉食べ放題1,980円のお店。だから「焼き肉並んでるんちゃう?」って言いながらみなさん通り過ぎる。心の中で「ちゃうから」って無駄な抵抗を試みる。なかには、1Fの美容院を見て「シャンプー待ち?」ってつぶやく人も。機転が効いた冗談だな。

今日のライブもヨカッター。リーダのMCがいつもより長め。めちゃおもしろい。すぐそばにある京都磔磔のライブをよく振り切ってきたってつかみでみなさん大歓声。コータローくんはtwitterの歌詞をふっとばしてNG。Qさんもけっこうしゃべったし。前から4列目ぐらいの場所。過去最高の至近距離。コータローくんのギターを観て興奮マキシマム。

正法眼蔵随聞記一 四 学道の人、衣食に労することなかれ

“正法眼蔵随聞記 (ちくま学芸文庫)” (筑摩書房) P.18

THE COLLECTORSの『TOUGH』の歌詞、「好きなこと 好きなだけ 好きならずっと好きにやれ」と、ひたすら専門の道をすてずに学ぶ、は突き詰めれば同じなのかもしれない。心境は違っても。

我慢を調べると、よく耐える、こらえるって書いてある。仏道に専心する。およそ物欲からかけはなれている人たちと僕は読むけど、そこへ到達できる人は希なのか。衣食に対して必要最小限をせめて求めることすらもこらえなければならないのか。衣をととのえる暇があるなら学びたい、生命機能を維持する以外の食を味わう暇があるなら学びたい、食や衣に飢えるより学びに飢える。学びへの純真な飢餓が心にしみ出し満たすことってあるのかな。理屈じゃないんだろう。

仕事ってやるかやらないかしかない。どちらかであるはず。なのに「気」という単語を挿入して「やる気があるからやる」「やる気がないからやらない」という。気でやるかやらないかを選ぶ。選んでない。気にまかせる。ひょっとして”気”のせいにする。気に責任を負わせる。人や実体のあるモノへ責任を転化するより、誰の目にも見えない”気”に転化したほうがみんな気にしなくてよいからだろう。

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